2013年7月15日月曜日

その耽美を打ち砕く熱線銃の一撃「シャンブロウ」C.L.ムーア

はっきりと自覚的に読書を愉しいと思った最初の一冊は、小学校の図書室にあったE.E.スミス「レンズマン・シリーズ」の子供向け編集版だった。
その後NHKで放送されたアニメ版の「キャプテン・フューチャー」が僕のスペース・オペラ志向を決定づけた。

予備校に通うため出てきた札幌の古書店で、野田昌宏さんの書かれた「SF英雄列伝」を買って、ノースウェスト・スミスのことを知った。
いくらスペース・オペラが、ホース・オペラの舞台を宇宙に移したものとはいっても、多少「科学」の入る余地があるものだが、なぜか宇宙を地球人や火星人や金星人が自由に行き交うほどの科学の時代なはずなのに、自動ドアはどこにもなく、人々は決まって貧しいスラムに住んで、古びた酒場で厳しい労働にくだを巻いている。

まるで昔夢中になった松本零士さんの「キャプテン・ハーロック」の世界で、これはぜひ読んでみたいと思って、随分探してすでに絶版になっていた「大宇宙の魔女」という短篇集を手に入れた。

編集さんも同じ事を考えたのだろう。表紙絵が松本零士先生だった!
冒頭に収録された「シャンブロウ」の妖しくてセクシーな筆致にたちまち夢中になった。



「異次元の女王」「暗黒界の妖精」という姉妹編もある。
後に暗黒界は神保町で見つけて買ったが、異次元は入手できないまま、いつかノースウェスト・スミスのことは忘れてしまっていた。


今年2013年の始めに、野田昌宏氏翻訳のスペース・オペラ短篇集「太陽系無宿」と「お祖母ちゃんと宇宙海賊」が二冊合本で復刻された。



懐かしい野田節に舌(耳?)鼓を打ったわけだが、翻訳ミステリの新作を探していて平台に「シャンブロウ」の文字を見つけた。
「まさかあのシャンブロウか」と手に取ってみると、まさにあのシャンブロウで、しかも「大宇宙の魔女」「異次元の女王」「暗黒界の妖精」の三部作の合本復刊ではないか。
これは買うしかない、と即購入したというわけだ。



まとめて読んでみて、ノースウェスト・スミスが他のスペース・オペラ・ヒーローとは随分違っていることに気がついた。

スペース・オペラのヒーローというやつは、たいてい憎々しい異星の悪漢と戦うものだが、ノースウェスト・スミスはどのお話でも、古代から人々に恐れられる、おどろおどろしい異形の怪異と対決することになるのだ。

まるでそれらの異形の怪異たちは、人間の心に巣食う憎しみや強欲、嫉妬といったものの原初のカタチであるかのように描かれている。
スミスも、その馴染み深い、おそらく彼自身の心にも存在する弱さに抗しきれず、取り込まれそうになって、相棒のヤロールが駆けつけて我に返って熱線銃で一発、という展開でだいたい決着する。

その異形のものどもを描くムーアの耽美な筆致がノースウェスト・スミスの物語の真の中心点なのだ。
人々は表向き社会の中の一員として、それに接するときには忌み嫌い、憎み、そして恐れているように振舞う。
しかし心中ではどうしようもなく惹かれているのだ。

その感情の発露が「耽美」だ。
ムーアはぎりぎりのところで、スミスを踏みとどまらせ、死と同義の耽美から、楽しい事ばかりではない日常の日々に引きずり戻す。
熱線銃の一撃で。

熱線銃を持たない我々は、耽美の世界を覗きこまないほうがいいのだろう。
きっと。

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