2015年3月30日月曜日

異文化の衝突が悲劇を加速する〜キャプテン・フューチャー第五巻「太陽系七つの秘宝」

キャプテン・フューチャーの第五巻はいよいよウル・クォルン登場の「太陽系七つの秘宝」

カーティスの仇敵といえば、この男ウル・クォルンだ。
なにしろ、この男の父はヴィクター・コルボ。
そうカーティスの両親を殺した男だ。

しかしその時、グラッグにヴィクター・コルボも殺されている。
だからウル・クォルンにすれば、フューチャーメンも親の仇ということになる。

我々の常識で考えれば、ニュートン博士の研究を盗もうとして博士を殺害したヴィクター・コルボに同情の余地はなく自業自得なわけだが、物語では火星人は肉親を殺された恨みを晴らすことが最も重要な道徳観念なのだと設定されており、いわば物語は異文化の衝突としての性格を持っている。

実際、我々の歴史でも古くからこのような衝突は見られたし、社会秩序の形成が格段に進んだ現代でも同様の問題は絶えず起きている。
ハミルトンの社会を見つめる慧眼はどこまで鋭いのだろう。

と同時に元祖サブカルとしての魅力も発揮されている。
小悪魔キャラ、ヌララの登場だ。
翻訳を手がけた野田宇宙軍大元帥もこのキャラがお気に入りで、ご自身が書かれた「風前の灯!冥王星ドーム都市」でもヌララをfeaturingしておられる。
イラストの鶴田謙二さんも亡くなった野田氏への手向けか、こんな素敵なイラストを寄せている。


いいなあ、これ。

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2015年3月23日月曜日

政治への不信こそが頭脳犯罪の温床なのだ〜キャプテン・フューチャー第四巻「脅威!不死密売団」

キャプテン・フューチャーの第四巻は「脅威!不死密売団」

本作での敵役は「生命王(ライフロード)」
飲むだけで若返りを果たす秘薬だが、一定期間を過ぎると急速な老化が始まりすぐに命を落とす恐ろしい毒薬である。

太陽系政府も事態を把握しており、全惑星、衛星に通達を出しているのだが、セールスマンに「ああ、それは政府の嘘なんですよ」と言われるとコロッと信じてしまう。
もちろん、人は信じたいものを信じる生き物であり、どうしても若い肉体を手に入れたい事情がある者は騙されやすいということもあるだろう。

しかし近代以降、政府は嘘を吐くものである、という疑いが民衆の心のなかに拭い難く巣食っていることが根底にあることは否定出来ないと思う。
マックス・ウェーバーも、官僚制的行政は知識によって大衆を支配し、専門的知識と実務知識を秘匿することで優越性を確保するのだと言っている。
いかに正当な理由があっても秘匿された知識が露見すれば、政府は嘘を吐いたと思われるのに、政治家個人の利益のために権利が濫用された結果であることがほとんどなわけだから、民衆を責めるわけにもいくまい。

そしてこのような不実な政治と民衆との間にある軋轢の間隙を縫って、頭脳犯罪は横行する。
我々の社会は本当に進化しているのだろうか。


それにしてもジョオン。


なぜ貴方はいつもいつも、事件が起きる度に敵の手に落ちるのか!
しかし、貴方が敵の手に落ちてくれないと、カーティスが本気にならないってとこはあるよね。
そう考えると意外と事件解決に貢献してるってことになるんだろうか。
いずれにせよ敵の手に落ちる美女が活劇的ヒロインの類型であることは間違いない。


さて、スペースオペラの中に本格ミステリの構図を持ち込むのもキャプテン・フューチャーの十八番だが、巻を追うごとに洗練されてくる。
伏線も巧みに張ってあるし、今回もけっこう犯人は意外な人ですよ。


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2015年3月21日土曜日

平成のエラリー・クイーンとサブカルチャーの賞味期限~「体育館の殺人」青崎有吾

それまでSF読みだった僕が、島田荘司先生の「占星術殺人事件」に出会ってミステリファンに転向した頃は「新本格」と呼ばれるムーブメントが花盛りだった。
中でも綾辻行人の「十角館の殺人」はその衝撃度において群を抜いていたと思う。

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そこから遡って、海外の有名ミステリもいくつか読んでみた。
島田荘司先生が、一番好きなミステリはと問われれば若干の気恥ずかしさを感じながらも「Yの悲劇」と答えるだろう、とニュアンスに富んだ表現で賞賛したエラリー・クイーンも。

綾辻行人氏もエラリー・クイーンに心酔していると聞いた時には、とても意外に感じた。
緻密な消去法で推理を積み上げて「思考」を読ませるエラリー・クイーンと、作品全体の構成力で最終行の驚きを演出する綾辻作品では、その読み味がずいぶん違っていたからだ。


東京創元社のミステリ長編の公募型新人賞である鮎川哲也賞を受賞した青崎有吾さんについた通名は「平成のエラリー・クイーン」しかもタイトルは「体育館の殺人」

面白いじゃないか。
エラリー・クイーンに心酔しながらエラリー風でなく、エラリー風でないのに館ものの「十角館の殺人」 をある意味茶化してるのでは、とさえ思えるタイトルで平成のエラリー・クイーンが世に出てくるという。
これ読んでみないわけにはいかないよね。


読んでみると、謎解きの作法はまさにエラリー・クイーンだった。
伏線をそうと知られぬように張り巡らすには、相応の技術が要る。
熟練の読者には、伏線の部分にわざわざ書いているという違和感を感じて判別できるという。
最終章の怒涛の謎解き部分では、記述されていたほぼすべての客観的描写が伏線であったということが判明し、なるほど違和感を感じないはずだと感心してしまった。

これなら時代おくれの「読者への挑戦状」を挟みたくなっても無理はない。
平成のエラリー・クイーンの名に恥じない「謎」の構築力に加え、物語としても脱力と緊迫の抑揚を持っていて、「挑戦状」に応じるための再読に堪える作品と思う。

これは書くべきではないことかも知れないが、十角館の殺人という作品は驚愕のラスト一行に向かってすべての記述が収斂していく作品である。
それを踏まえて、本作品の最後の一行を心して噛み締めて欲しい。
この痛烈な皮肉は、筆者のどのような意識を反映したものか。
実に味わい深い。


しかしだからこそ残念に思うところもある。
この作品は10年の再読に堪えるものには成り得ない宿命的な欠点があるのだ。

それは探偵がアニオタで、それは別にいいのだが、古典化しないことが確定的なヲタネタが要所要所に差し挟まれていることだ。
「あえてそっち」的なニュアンスを醸し出し、探偵の個性を際立たせ、最終章での印象の逆転に寄与するこの仕掛けが時代とともに古びていくものであるのは作品に無用な「賞味期限」を設けるもので、同じ作品を何度も読む性向がある僕にはなんとも残念だ。

僕はこの作品を文庫化のタイミングで読んでいるから3年ほどのタイムラグがあるが、この程度でもかなり古びている。
古典化したか否かで断絶的な差が出てしまうサブカルチャーの賞味期限が、この物語のアキレス腱だ。ご賞味はお早めに。

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2015年3月18日水曜日

星間グローバリズム~キャプテン・フューチャー第三巻「挑戦!嵐の海底都市」

キャプテン・フューチャー・シリーズの第三作は、「挑戦!嵐の海底都市」
これも1940年の作。

おそらくハミルトンはこの作品を書くにあたって、SF作品をシリーズ化していくことは、作品の中に架空の未来史を構築することだと気づいたのではないだろうか。
前作「暗黒星大接近!」の中で、宇宙のサルガッソーに囚われた時、宇宙開拓時代の先駆者マーク・カルーの船を発見するが、今作においてそのマーク・カルーの冒険を1971年とあらためて規定して、さらにその旅でカルーが発見したグラヴィウムという鉱石が、太陽系に地球人が覇権を築くキー・ファクターになったという設定を加えている。

グラヴィウムという鉱石は、電気を流すとその極性によってプラス、マイナスの両方向に重力制御ができるというまるで魔法の石だ。
発見者のマーク・カルーが、この鉱石を使って「重力等化機」という機械を考案する。
質量の異なる惑星でも母星と同じように活動できるようになるこの機械を身につけて、地球人は太陽系内のすべての惑星を探査した。
そして、各惑星に住んでいる先住民にもこの技術を提供して太陽系をひとつの経済圏に束ねていくのである。


物語は、このグラヴィウム鉱山の利益を独占しようと目論む「破壊王」とフューチャーメンとの死闘を描く。
太陽系各地で起こるグラヴィウム鉱山でのテロ。
謎の首謀者「破壊王」と、その現場に現れるなぜか言葉や動きのぎこちない手下たち。
そこに海の惑星に伝わる「シー・デヴィル」の伝説が絡んできて・・
という、シリーズに共通した謎解きの面白さも楽しめる。

またジョオンとカーティスの恋もゆっくりとだが前進しているのが見て取れる。
ラストでカーティスが、太陽系連合崩壊の危機を免れて喜ぶ恋人たちを街でみかけて、オレにはこういう幸せはなかった、としみじみ思い起こすシーンはもしかしたら二人の恋の進展を示す最重要シーンかもしれない。


この物語が書かれたのが1940年であることを考えると、ひとつの経済圏になった太陽系連合が、リベラルで進歩的な調和の世界を実現したように見えながらも、やはり愚かしい植民地政策の傷跡を、地球人漁師に扮装して海王星の盛り場に乗り込んだアンドロイドのオットーが、「なるべく地球人らしく横柄な態度で振る舞」ったりするようなところに残していて興味深い。

さらにそのような現実のメタファーに「グラヴィウム」という一体化した各惑星の経済を支える基盤を設定することで、夢の様な惑星間貿易の世界が、まるでグローバリズムに翻弄される現代のようにも見えてくるところなどは非常に予言的だ。
これぞSF!

カーティス・ニュートンは、各惑星が地球の優れた科学技術の恩恵を受ける世界を、生命をかけて守る価値のあるものと捉えて死闘に挑んだが、本の向こうの現実からそれを見ている僕には、もし地球人が宇宙進出などせずに自分が生まれた星の資源で足ることを知って暮らしていてくれたら、海王星の水棲人や冥王星の月に住むステュクス人などの生活は、あれほどに波瀾万丈なものにならなかったのではないか、と想像せずにはいられず、複雑な気持ちになる。

事実、薔薇色の未来を描き続けてきたSFの世界も、この後ディストピア小説が主流になっていくのである。

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2015年3月10日火曜日

扇動者と無私の言葉~キャプテン・フューチャー第二巻「暗黒星大接近!」

キャプテン・フューチャーの第二巻は「暗黒星大接近!」

あらゆる放送チャンネルに割り込んで、太陽系に迫る暗黒星の危機を警告した謎の怪人ザロ博士は、暗黒星の接近を防ぐ未知の力線を支配している自分に全太陽系の支配権を渡せと要求した!

天文学者たちは、暗黒星を調べ、そのあまりの質量の小ささに危険はないと保証し、政府はそれを発表し市民の動揺を抑えようとするが、天文学者たちが次々と失踪したため、彼らが逃げ出したものと見なした市民たちは政府への不信をつのらせ、暴動に発展。
太陽系政府首席はこの危機にキャプテン・フューチャーに出動を要請する。

失踪した天文学者を追っているうち、地球人のように見えていたザロ博士の手下の正体が毛むくじゃらの未知の人類と判明し、その姿を誤認させる未知のテクノロジーが冥王星由来のものであると突き止める。
舞台は冥王星に移り、ついに未知の文明を持つ種族を発見する。


前作と同様、今回も犯人は扇動者であった。
映像と錯覚を使って大衆をコントロールする犯罪はあまりに現代的で、予言的だ。
権威であるはずの科学者の言葉も簡単に無効化されてしまう。
思えば、僕らも水俣や石綿、放射能に至るまで「ただちに健康に影響はありません」という言説がひっくり返っていくのを目の当たりにしてきた。

もし現代にザロ博士が現れてとして、その煽動を一笑に付すことが出来ないどころか、政府発表につきまとう「騙されている」感への反発というカタチで自ら暴動に加わってしまうかもしれない。

本作でザロ博士に協力してしまう種族も、次々に惑星や衛星に植民していく地球という勢力への恐怖からのことだった。
文明の衝突は、いつも相手がこちらを誤解しているのだ、という「誤解」からはじまる。
この屈折した誤解は、自分自身への理解が足りていないことから生じるものだ。

だからいつも「無私」の境地にいるカーティスの言葉だけが、他者に届く。
残念ながら、どのような言葉で猜疑心に満ちたステュクスたちを太陽系連合に迎えられたのか、詳細は語られていないが、きっとそういうことなのだと思う。


本作には、宇宙時代を拓いたパイオニア、マーク・カルーが登場するが、次作で重要な設定が付加されて、単発の活劇だったキャプテン・フューチャーがその名の通りの「未来史」になるために重要な役割を果たすことを付記しておく。



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2015年3月3日火曜日

1940年のナースコス~キャプテン・フューチャー第一巻「恐怖の宇宙帝王」

レナード・ニモイが亡くなった。
「宇宙大作戦」がなかったら、スペースオペラの楽しさに出会えたかどうかわからない。
生涯愛するであろう「キャプテン・フューチャー」にも。
ミスター・スポック、本当にありがとう。

そのキャプテン・フューチャーも、長い間絶版で、大学生の頃一所懸命古書店で探して全巻集めた。
だから東京創元社が、2004年から全巻の復刻を敢行してくれて本当に嬉しかった。

この機会に再通読して、各巻のレヴューを試みる。
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第一巻は「恐怖の宇宙帝王」。

木星でウラニウムの鉱床が発見されて栄える新開地(ブームタウン)。
そこに群がる地球人たちの間で「先祖返り」と呼ばれる恐ろしい奇病が蔓延する。
人間が数日で凶暴な猿のように変化してしまう奇病になすすべも無い太陽系政府首席のジェイムズ・カシューは、月に住む冒険家にして科学者のカーティス・ニュートン=キャプテン・フューチャーに事態の収拾を依頼する。

木星に飛んだカーティスは、木星人を煽動して地球人への叛乱を目論む「宇宙帝王」と出会う。
不思議な未知の科学技術で武装した「宇宙帝王」
伝説の木星古代文明との関係は。

というシンプルな活劇スタイルのプロットの本作には、しかし魅力的な言葉で木星人たちの中にある抑圧への反発を引き出す宇宙帝王と、その強さによって原住民たちの脅威を取り除くことで信頼を得るカーティス・ニュートンの違いはどこにあるのか、という問いが隠されている。

それは「動機」である、と誰もが答えるだろう。
しかし私欲のためとはいえ木星人を操って地球人への叛乱を起こさせることは、木星人を地球人のローマ的支配から解放するという実益があったはずだ。
カーティスの鉄拳は、一見正義に見えるが、その強すぎる刃はカーティスが敵だと「思う」側に向けられているだけで、例えば彼を襲ったことで命を奪われるディガーやクロウラーは、人間とコミュニケーションを取れないというだけで敵認定を受け、一方的に命を奪われているのである。
まるで、ヒトラーとナポレオン。

そういう意味で、勧善懲悪という名の思考停止が、この種の活劇の「面白さ」を支えているという逆説について、現代の読者である我々はもう少し自覚的であってもいいのかも知れない。

しかしもちろんそのような読み方は1940年に書かれたこの物語に対してフェアではないし、 キャプテン・フューチャーの冒険にドキドキしながら読んで、はあー、ジョオンとはどうなるのかなあ、などと想像して本を閉じるのが幸せな読み方だと思うし、基本的に自分自身もそのように読んだ。

そのように読めば、やはり本作において最も重要なシーンは、ジョオン・ランドールの登場であると言っていいだろう。
しかも惑星警察機構の女性諜報員ジョオン・ランドールは、調査のため看護婦に扮装して奇病「先祖返り」の患者が収容されている病院にもぐりこんでいるのである。
1940年のナースコス。
なんて歴史的な。

さらにラストシーン。
カーティスはコメットのコックピットで「あれは素晴らしい娘だね、サイモン」とつぶいたあと、あわてて「だから、どうだってことはないんだけどね」 と付け加えるのだ。
ツンデレかよ。

やはりエドモンド・ハミルトンはエンタメの天才なのである。

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