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2016年5月20日金曜日

僕たちもきっとそんな「道化」の一員なんだ 〜 島田荘司『屋上の道化たち』

島田荘司先生の新作「屋上の道化たち」が出た。
星籠(せいろ)の海に続く、御手洗潔シリーズの記念すべき50作目である。


僕はかなり依怙地な文庫派で、いくら世評の高い作品でも文庫化を待つ。
本自体の重さも苦痛だし、表紙が曲がらないのがページを繰るのになんとも不具合で、読書への没入を妨げるからであって、決して貧乏症だからではない。

そんな僕も島田荘司先生だけは別格で、出ればすぐ読みたいという気持ちが勝り、ハードカバーで買ってしまう。それに、島田作品だけは本がどんな体裁であろうとも読書への没入が妨げられるということはありえない。

あのリーダビリティはどこからくるのだろう。
もちろんその最大のキーは「謎の提示」にあると思う。
今回も、絶対に自殺などしそうもない者が次々と飛び降りてしまう不思議な屋上、という謎が提示される。
一見シンプルに視える「状況」に隠された真相が知りたくてページを捲る手が速まる。

また島田作品に描かれる市井の人々のリアルさも重要な要素だと思う。
不運のサイクルに組み敷かれ、もがいても這い出せない人たち。
組織の空気に組み込まれ、流されていく人たち。
僕たちもきっとそんな「道化」の一員だ。
どこかに身に覚えのある光景につい感情移入しながらまたページを捲る。

そんな人たちが織り成す「時代」という現象を、批判せず、擁護もせず、ルールよりも人間を見つめて、鮮やかに謎だけを解く御手洗という探偵の振る舞いに、ミステリーという文学ジャンルの大切な役割のようなものを読む度に感じさせられる。
『星籠の海』のような大作ではないが、むしろこの『屋上の道化たち』のような作品にこそ、御手洗潔の視線の温かさが感じられて僕は好きだ。

この単行本にはシリーズ50作目を記念して、御手洗潔シリーズ全作品ガイドが巻末に収録されている。この部分だけでも充分購入する価値があると思う。

屋上の道化たち
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島田 荘司
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2016年5月16日月曜日

宗教戦争の時代にあらためて読まれるべき名作の復刊 ~ フランク・ハーバート『デューン 砂の惑星』

早川書房から『デューン 砂の惑星』が新訳を奢られて復刊された。


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デューン 砂の惑星〔新訳版〕 (中) (ハヤカワ文庫SF)
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まあ、ちょっとした事件ですよね。

翻訳は『ハイペリオン』の酒井昭伸先生。
さすが、あの難物をノンストップで読ませる実力派で、砂の惑星もお見事な仕上がりです。

砂の惑星、というと高校生くらいの頃映画化されて、スティングが出演していることばかりが話題になって、観てみたらなんじゃこれ?という、ある種トラウマ系の作品で、まあそれでもガイドブックなんかによれば歴史的な名作らしいから原作はどうなんだろうと、大学生の時に古本屋を漁って読んでみたが、やっぱりどこが面白いのかわからなかったわけです。

近年多くの名作が新しい翻訳を与えられて、新しい装丁を纏って書店に並んでいる。
そのどれもが、よく理解できなかった名作を身近にしてくれた。
今回の『デューン 砂の惑星』もその意味では成功していると言えるだろう。

それでもう一度デヴィッド・リンチ監督の映画版『デューン 砂の惑星』も観てみたのだが、こちらの印象は変わらない。当たり前か。
当のリンチ監督も同じように思っていたようで、DVDを見ると、何らかの理由で出来上がった作品に自分の名前を入れたくない時に付けられる「匿名」=アラン・スミシー名義になっていた。

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『デューン 砂の惑星』の物語世界は、まず人工知能の反乱で、人間が奴隷化され、それを再度人間が反攻制圧して、今度は機械文明を否定した精神世界を構築している、というところから始まる。
精神の力が現実世界への「力」の脅威になりうるこのような世界では、「宗教」が現実的な武力と不可分なものとなる。
そこに、キリスト教とイスラム教の相剋の構図を載せたのが『デューン 砂の惑星』の基本構造と言えるだろう。

最初に読んだあの頃、そういうことはまったくわからなかった。
世界の各地でイスラム原理主義のテロが起きている。
知人たちが世界中で働いていて、ニュースを見てハッとすることもある。

なぜそのようなことが起こるのか、出来事の連なりだけを読んでわかったような気になっても、こうした物語を読むと、どちらの側にも人間としての真っ当な心があり、正しいとか正しくないというような問題ではないということに想いが至らない。

物語にしか伝えられないことがある。
この時期に、この作品を復刊しようとした編集者にはきっとそれがわかっているのだろう。
出版社の役割の重要な部分だと思う。

であればこそ、「書き入れ時」を「掻きいれ時」と誤記するような凡庸なミス(中巻)を見逃さないで欲しいものではあるが。

2016年4月25日月曜日

念入りなニオイ消し ~ スペンサー・クイン『名犬チェットと探偵バーニー・シリーズ』

なにやら空前の猫ブームらしく、犬派の僕は意味もなく対抗してみたくなる。
それで、というわけでもないのだがスペンサー・クインの「名犬チェットと探偵バーニー」というシリーズが面白いのでご紹介してみる。

現在三作品が翻訳されていて、うち二作が文庫化されている。
ぜひ文庫版で読んでいただきたい。
表紙イラストが秀逸でずっと眺めていたくなる本だ。

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とにかくチェットがカワイイ。
ローレンス・ブロックの泥棒バーニーシリーズによく似た筆致で、おそらく名前の一致は偶然ではないだろう。

非トラディショナルなミステリの書き手が筆名を変えて書いているわけだが、その名がスペンサーというところから見ても、サスペンスものによくある偶発的解決を茶化して書くことが主題のひとつなんだと思う。

その「悪意」の匂い消しに犬という話者を使っているのだろう。
その企図は完全に成功していると思う。


また、ハードボイルドというジャンルは話者(=推理者)が心の声を語らない、というところに本質があると思っているのだが、このシリーズはそれを超えて話者が犬だから念入りだ。
ハードボイルド特有の最後物語のスピードが上がっていくのに、完全な情報が手に入らないまま読者が「焦れていく」感じがマキシマムになる。

そして、誰もが複雑な存在だと思いたがっている人間の本質が、実はとても身も蓋もないところにあるという、ちょっと直視しにくい現実を、心の声を語らないからこそ暴いてしまうハードボイルドという文学ジャンルにあって、犬が話者であることで救われている部分は大きい。
なかなかいいね。

2015年10月9日金曜日

合理の目は真実に近づかない~島田荘司「新しい十五匹のネズミのフライ」

島田荘司の新刊「新しい十五匹のネズミのフライ」は、シャーロック・ホームズ・パスティーシュの第二弾であった。

新しい十五匹のネズミのフライ: ジョン・H・ワトソンの冒険
島田 荘司
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第一弾は「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」で、ホームズの作品世界になんとロンドン留学中の夏目漱石を語り手として投入するという異色作であった。

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)
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この作品で印象的なのはホームズの女装についての見解だ。
聖典(ドイル作のホームズ作品群をこう呼びます)中では「マザリンの宝石」で老婆に女装して尾行した男に、正体を明かして驚かれるシーンがある。
しかし考えてみれば、長身で拳闘でも目覚ましい動きを見せるホームズの相貌で女装をすればこれは相当に目立つはずだ。
ワトソンではなく、夏目漱石を語り手とすることで、合理というフィルタを挟み込んだ結果、 ホームズの人物評も女装癖のあるコカイン中毒者、ということになる。


このように合理の目に晒してみれば、ホームズ譚には微妙なところがたくさんあるようで、「新しい十五匹のネズミのフライ」では、このあたりをワトソンによる作家的創作として処理している。
有名な「まだらの紐」では(未読の方は読み飛ばしてくださいね)、笛を合図に蛇をあやつって殺人が行われるが、蛇には耳がないのである。
本作では、「まだらの紐」は、コカイン中毒の治療中に見たホームズの悪夢を締め切りに追われた作家ワトソンの苦し紛れの創作として扱っている。
もはやSFファンタジーの域に達している科学的ナンセンス編「這う男」(本作中では「這う人」)も同様にワトソンによる純粋な創作としている。

これは、作中の語り手を作家にして、その架空の人物が書いた小説を今読者が読んでいるというホームズ譚の複層的なフィクションの構造を最大限に利用したパスティーシュと言えるだろう。
タイトルをわざわざ「ジョン・H・ワトソンの事件簿」にしているのも、複層構造に取り込まれ登場人物としての主体を喪失しているワトソン自身を描いていることを暗示しているのだ。

ホームズの作品世界を読み込んで、愛し抜いた筆者の最大の愛情表現なのだろうし、それは取りも直さず自身の御手洗シリーズの語り手石岡和巳に対する愛着なのだろう。
御手洗シリーズを熱心に支持する我々ファンの気持ちもまったく同じだと思う。

2015年9月29日火曜日

尖閣諸島は誰のものか、そして沖縄基地問題の根源はどこにあるのか~小説 琉球処分

だんだん世界が抜き差しならない状況に向かっているように感じる。
対症療法的な政治は、交渉相手の選択肢を奪い、結局どうしようもなくなって拳を振り上げさせるのではないか、という疑いが頭を離れない。

隣国の「挑発」に苛立って講じた「嫌がらせ」を「抑止力」と呼ぶ理屈は、はたして正鵠を射ているだろうか、などと考え始めればかえって、言葉を弄ぶことの虚しさばかりが募る。

未来、自分の子どもにどうしてこうなったの、と訊かれた時、何が答えられるだろうと考えたら、いてもたってもいられなくて、ここ数日目についた本を読み漁っていた。

その中に出てきた「琉球処分」という言葉がどうも気になって調べているうち、この本を見つけた。

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小説 琉球処分(下) (講談社文庫)
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芥川賞作家の大城立裕が、若い時に新聞に連載して途中で打ち切りになっていた作品だそうだ。
芥川賞を受賞した際、後半を書き足して出版された。

さほど売れず絶版となっていたが、菅直人首相が就任後の会見で、この本を読んで沖縄の歴史を理解しようとしている、と述べたことで中古市場が沸騰し、講談社が文庫化した、ということらしい。 読んでみると、そんな経緯は嘘じゃないのかと思えるほど面白い。



琉球処分を通じて、明治維新の実際を感じたような気がした。
そして教科書や新書などで知る明治維新と、それはずいぶん違う顔をしている。
やはり歴史は「人」が作っているのであって、どのような心持ち同士がぶつかり合ってそうなったのかを知ることは容易ではない、ということなのだろう。
政治的な立場の違いで起こる論争の中でよく聞かれる「もっと歴史を勉強しろよ」という言葉のなんと虚しいことか。
それが知り得ないものであるという謙虚さから先に進み、やがてお互いの意見を呑み込むことしかきっとできない。
読み終えた今は、そう思う。


この本を読むまで、沖縄の基地問題とは太平洋戦争の結果として生まれたものだと思い込んでいた。
書かれてあるとおり、明治政府の外交政策の犠牲となったことにそのルーツが求められるとすると、この問題の根源が足元にあったわけで実に根深い。
尖閣諸島も琉球王国に属するものだ。
明治以前、島津藩には相次ぐ増税に苦しめられ、柵封を続けていた明には貢物に倍する手土産を持たされて厚遇されてきた琉球の人たちが、それでも自分たちのルーツは日本にあるとの自覚を捨てずに生きてきた苦しみが、この問題を複雑にしている。
なにか慄然とする思いだ。



そして同じ過ちは今も繰り返されている。
松田処分官が遺した公文書としての「琉球処分」を作家大城が読み解いたことで、この本が書かれたあとの出来事の本質までも見通している。
これが小説というものの重要な役割だと思う。
せめて現代に生きる我々は、「文系大学処分」だけは阻止せねばなるまい。

2015年9月14日月曜日

ヒーローと立憲主義の「魂」~キャプテン・フューチャー第九巻「輝く星々のかなたへ!」

キャプテン・フューチャー・シリーズ第九巻に突入致しました。

「輝く星々のかなたへ!」では、水星で大気や水を人工的に生成してきた鉱物資源が枯渇して、住民がガニメデへの移住を迫られるという事態が発生する。

カーティスは、水星人が生まれ故郷を離れなくてすむように、遥か彼方、宇宙の中心にまで赴き、万物生成のメカニズムを解き明かしに行くというかつてない遠大な冒険の旅に出る。

太陽系内の悪者をほとんどやっつけてしまったフューチャーメンにもう敵はいない。
勧善懲悪型のストーリーが成立しなくなったため、科学冒険小説にトライ!というところでしょうか。

宇宙にあるあらゆる物質が生まれる宇宙の中心では、やはりそのメカニズムそのものを「特権」として相争う勢力が存在した。
難しいのはどちらに味方するかということで、まるっきり地縁のないカーティスにとっては、結果的にはどちらに加勢しても勝てばいいわけなのだが、物語の性質上、そういうわけにもいかない。

一方は科学技術至上主義で、使えるものはなんでも使って富を生み出そうという考え方。
もう一方は、手に余る技術は人を不幸にする、という考え方。
で、まあ、利己的でない後者の方をカーティスは選ぶわけですが、やっぱり後者の陣営に美人のお姫様がいるんですね。
たまたま思想の合う側に美女がいたのか、美女がいたから味方したのか。
けっこう怪しい展開なんですが、 まあ、こういうのは詮索しないほうがいいですね。

で、勝利したカーティスは、この人ならば私利のためでなく、社会のために正しく使ってくれるだろうという信任を得て、そのメカニズムを借り受けるわけです。
カーティスが超人&イケメンだからこそ得られた信任なんですね。

現実の世界にはこのような超人は実在せず、しかし誰かにリーダーシップをあずけなければならない。
普通に考えれば、こんな人任せのシステムは続かない。
だから「法」というものがある。
長い時間が組み上げた「立憲主義」という仕組みがある。
行き過ぎれば、自由を奪い、緩めれば権力に目がくらんだ人の暴走がはじまる。
みっともない事この上ない仕組みだけど、まだこれ以上のシステムは生まれていない。

こんな時代だからこそ、荒唐無稽な正義のヒーローの活躍を、立憲主義の「魂」として読んでおくっていうのもいいと思うんですよ。
いや、けっこうマジでそう思ってます。


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2015年8月18日火曜日

フューチャーメンのタイムトラベル~キャプテン・フューチャー第八巻「時のロストワールド」

いよいよ第八巻「時のロストワールド」である。
なにがいよいよかと言うと、タイムトラベルものがついにキャプテン・フューチャー・シリーズに登場なのである。

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前巻で、最大の敵ウル・クォルンを斃してしまい、太陽系に完全な平和をもたらしてしまったキャプテン・フューチャー。こともあろうにその平和に退屈している。
そこに、遙か一億年の過去から救助を求める声が!
そして喜色満面にフューチャーメンは過去への冒険に旅立つというわけです。

世にタイムトラベルSFはその黎明期から数多く発表されています。

最も代表的なものはもちろん、ウェルズの「タイムマシン」でしょう。
主人公の科学者「タイムトラヴェラー」は、
一次元は点、二次元は線、三次元は空間。
しかし物体が存在し続けている限り、精確な事物の特定には「時間」を変数として考えることが必要になる。つまり時間は4つ目の次元であり、だから我々はその中を移動することができると、強弁した上に、普通では移動できない次元の中を移動可能にする技術的背景に関しては特に説明しないまま、実際に移動するためのマシンを作ってしまいました。

その他のSF作品も大同小異ですが、さすがハミルトンはひと味違います。
時間の流れは原子の中の電子の軌道速度が作っているから、これを速めれば未来に行けるし、逆回転すれば過去に行けるという科学的背景を「創造」してしまいました。
無茶苦茶ですが、SF作品としては不思議な説得力があります。堅固な虚構の科学です。

ある時期までのタイムトラベルSFは、わりと自由にオリジナリティのある時間旅行の方法を考えてきたのですが、アインシュタインが光速で飛ぶと時間が遅くなるなんてことを言い出したもので、多くのSFが相対性理論をベースによりリアリティのあるSF作品を作るようになっていきますが、そんなある日、本当に自分はタイムトラヴェラーである、と宣言する男まで現れました。
ご存知ジョン・タイター(詳しくはリンク先のwikiを)です。

このジョン・タイター騒動を素材として取り込んだのがゲーム作品シュタインズ・ゲートで、アニメ化もされたこの作品が最も手っ取り早く、今人類が実際に取り組んでいる、実現可能性のゼロでないタイムトラベルの全体像にアクセスできる経路だと思います。

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またタイムトラベルはラブロマンスと相性がいいというのが定説ですが、本作ではオットーまでが一億年前の地球娘と恋に落ちちゃうんですから、間違いないです。
カーティスについても、物語進行の都合上ジョオン・ランドールは今回お休みですが、その代わり依頼主のお嬢さんといい感じになってました。
一億年前の太陽系に恋に落ちる対象の人類がいる、というところにもずいぶん前の巻から科学的伏線を施してあってここがまた物語の盛り上がりどころになってます。


本当に盛り上がりどころ満載の本作のテーマは、滅亡に瀕した科学の星「カタイン」が、生き残るために火星を滅ぼして移住するか、コールドスリープで遠い別の惑星を目指すかという政治闘争になってます。
近年では「翠星のガルガンティア」で虚淵玄が採用した基本構造ですね。いつか人類もこのようなことを考える日が来るのでしょうか。


2015年8月15日土曜日

歴史ミステリの新しい傑作~ポール・アダム「ヴァイオリン職人の探求と推理」

1999年のクリスマスはクレモナで過ごした。


この「ヴァイオリン職人の探求と推理」には、その時の記憶を呼び覚ます精緻な描写が溢れている。
見事な筆力だ。

バイオリンの裏面史も実にイキイキと書かれていて引き込まれる。
ただ殺人事件についてのプロットには不十分なところがあると思う。事件自体の複雑さや意外さに不足はないが、探偵の作法には習 熟していないようだ。

素人探偵だから、ということを言っているのではない。
犯人を思いつきで追い詰めることは、どうせ物語なんだからなんだって作者の思い通りになるもんねと、作品から読者を閉めだしてしまうことになる。
読者との共同作業でなくてはならない。
そのための伏線なのだ。

それでもこの本の読後感の幸せは一級品のそれだ。
舞台が大好きなクレモナだったから、ということだけではないと思う。


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2015年5月19日火曜日

科学と野心の狭間で~キャプテン・フューチャー第七巻「透明惑星危機一髪!」

キャプテン・フューチャー第七巻は「透明惑星危機一髪!」
宿敵ウル・クォルンが、ヌララとともに刑務所を脱獄してきます。
今までカーティスが捕まえてきたおなじみの悪役さんたちも一緒に引き連れての脱獄劇は、今なら劇場版の企画にぴったりな総集編的シナリオになっています。

ハミルトンのスペースオペラにはよく荒唐無稽という形容詞がつきますが、カーティスの活躍の裏で、科学の魅力に取り憑かれ、どうしようもなく悲劇的な運命をたどってしまう科学者の物語も描かれているのです。

異次元の世界にあるという秘宝を求めて、次元の壁を超える宇宙船を開発し、そこで出会った悲運の星の人たちに心を寄せ、そこで暮らす老科学者。
そして、科学の力で太陽系の支配者たらんとするウル・クォルン。
どちらも科学に魅せられ、野心に駆られ、そして悲劇的な末路に誘い込まれていきます。

それまでできなかったことを可能にする科学の力は、隣人を幸せにもするが、力の非対称の魅力にはやはり抗いがたいものがある。
僕らはどのような知見を以って科学と共存していくべきなのか。
おそらく答えの出ないこの問いを、ハミルトンは大衆SFを書くことで発信しつづけていたのでしょう。

ラストで自ら死を選んだウル・クォルンですが、マンリー・ウェイド・ウェルマンが書いた最終巻「小惑星要塞を粉砕せよ!」と翻訳者野田昌宏さんの書かれた「風前の灯!冥王星ドーム都市」でも登場します。
やはりクォルンとヌララのカップルはシリーズ随一の人気悪役キャラなのですね。

ところで本作でもジョオン・ランドールのツンデレ指数はまた少し上がってきています。
野田総帥の名訳は文化遺産として残すべきとしても、近年のライトノベル作家による正調ツンデレによるジョオンも見てみたいものです。新訳か、新解釈のアニメ化などの企画はないものでしょうか。
いいと思うんだけどなあ。

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2015年4月24日金曜日

条文万能主義という思考停止、あるいはヒーローを希求するということ〜キャプテン・フューチャー第六巻「謎の宇宙船強奪団」

NHKのデレビアニメ版ではスペシャル扱いだった本編は、実に映像的な作品だ。
手に汗握る展開の宇宙レースやストップモーションの世界を泳ぐように繰り広げられる逮捕劇など、頭のなかにはっきりした映像が浮かぶ。
またアニメ版ですっかり有名になった「おいらは淋しいスペースマン」という名挿入歌もこの物語でグラッグが歌うものだ。


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さて、前作「太陽系七つの秘宝」で、非常に魅力的な敵性女性キャラクターであるヌララが登場したことを受けてか、本作ではジョオン・ランドールの積極性が格段に前面化しており、すぐ敵に拉致され救出される守られるヒロインとしての立場から、熱心な追っかけにジョブチェンジしている。相変わらず事件解決への貢献度は低いものの存在感は増している。

物語は、水星の新造宇宙船のテスト場から飛行テスト中の宇宙船が忽然と姿を消す事件が多発するところから始まる。
今までの作品が「宇宙の危機」を扱っていることを考えると、私企業の倒産の危機を救う本編のスケールは小さい。しかし現代の我が国の改悪され続けていく税制や労働関連法規が大企業の経営者の意思の反映であることを考えれば実にリアルだ。

リアルといえば、宇宙船建造会社の経営者が作ったカジノ小惑星にはいろいろ考えさせられる。太陽の周りを回るすべての天体に適用されると規定された太陽系憲章を出し抜くために、強力なジェット噴射で公転を止めた小惑星を作ればいいというロジックはバカバカしくも見えるが、実際法の抜け穴を突くというのは万事こういうバカバカしさを内在しているものだ。

条文万能主義はある種の思考停止だが、権力の魅力に腐敗しがちな人の王のかわりに法という名の人造の王を戴いた近代社会の限界がここにある。

これを超法規的に乗り越えていくキャプテン・フューチャーのような存在を物語に求める気持ちの源泉も、人間の社会が硬直化していく中でいや増していく、正直に生きていることで損をしているような気分の中にあるのではないか。


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2015年4月18日土曜日

SFのリアリティを損なうものと、翻訳文体の問題~「レッド・ライジング」

新人作家ながら草稿で映画化までの契約を勝ち取ったというピアース・ブラウンの「レッド・ライジング」はそのエピソードに違わぬ魅力を持った作品だった。

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これほど物語世界に没入できた小説に出会ったのは、おそらく「ミレニアム」以来だと思う。

ラスト100ページくらい、文字通りの「息もつかせぬ」展開で本当にちょっと酸欠気味になった。
最終ページまでまったくスピードが緩まないので、読了後に大きく深呼吸したくらい。

戦闘のスペクタクルと心の葛藤を同じスピードで書けるこの作家が新人だとはにわかには信じられない。
しかし完璧というわけでもない。
「歴史上の人物の発言を引用すると必ずリアリティが損なわれる」ので、そこをどう処理するかというSF特有の流儀に無頓着なところがあったりもする。
SFはこの現実世界の延長を描いたものであっても、かならずそれ以降の大きな社会変化を前提として持っている文学形態である。
言語は社会に強い影響を受け、大きく変化するものだ。
その変化に晒された者たちが、僕らの知っている昔話を同じ意味合いで使うという事態には強い違和感を感じる。
その感覚を持つSF作家は実にたくみに神話や故事を引用するのである。
たとえばダン・シモンズのように。

そういえば、士官養成学校で寮同士の争いが描かれるので、エンダーのゲームとかハリー・ポッターの類似性が指摘されているが、このレッド・ライジングという小説のストーリーテリングのイメージは圧倒的にダン・シモンズの「イリアム」「オリュンポス」に近い。

骨太なのである。
それだけに、翻訳がなぜか現在形主体の特殊な文体を採用しているのが気になる。
村上春樹がアフターダークと多崎つくるで使ったあれだ。

この文体が生む「帰属感の希薄さ」や「浮遊感」は本当にこの物語に必要だったか。
語尾のバリエーションが極端に制限されるデメリットばかりが目についた。

2015年4月2日木曜日

Watch Out!今度の物語は「速い」よ。〜「プランタンの優雅な退屈」大森葉音

大森滋樹名義でミステリ評論を手がける筆者、大森葉音(はのん)の第二長編「プランタンの優雅な退屈」が出版された。
第一長編「果てしなく流れる砂の歌」のレヴューで僕は「作家は処女作に収斂する」と書いたが、早くも撤回しなくてはならないようだ。

プランタンの優雅な退屈
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大森 葉音
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そもそもキャリアの長い評論家である筆者にとっては、実作が初めてであっても、一般的にいう「処女作」とはずいぶん事情が違う。記念すべき処女作ですら数多あるエンタテインメント的引き出しのごく一部を開陳したに過ぎなかったようだ。
そういえば、ミステリ評論家なのに処女作がハイ・ファンタジーだったのだから、そうと気付くべきだった。
二作目の本作では、そのファンタジー世界をそのまま舞台として、今度は脱力系ミステリをぶち込んできた!

ついに本丸のミステリに殴りこみ、なはずなのに、もうビックリするほどいい感じに肩の力が抜けているではないか。
あの奥泉光ですら、脱力ミステリ桑潟幸一シリーズを書くためには、「モーダルな事象」という極めて本格的なミステリの狂言回しとして登場させるというステップを必要としたというのに。

モーダルな事象―桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活 (文春文庫)
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しかしこの種の作品は扱いが難しい。
作中人物が脱力している分、物語は強い骨格を必要とし、作者に相当な筆力を要求するからだ。

筆者は今回、この物語を成立させるために、極めて斬新な「読者への挑戦状」を用意した。
「基本問題」編を用意して、本編の推理の道筋を予め開示してあるのだ。
しかし、現実の社会でもクリティカルな政治的テーマである「エネルギー問題」が絡んできたり、そのエネルギー問題に、先端科学の中でも概念把握の難しい「空間と空間の間」という問題を絡めたりして、容易にその全貌を掴ませない。
シリアスな話題は、読者に一定の読み応えを提供しながら、ファンタジー設定にくるまれて脱力系のムードを損なわない。

そして王道の密室トリックで、読者への挑戦状を回収した後、著者の真骨頂がスタートする。
物語の加速である。
大森滋樹名義で、創元推理評論賞を受賞した論考「物語のジェット・マシーン」で、物語がどのように加速され読者を巻き込んでいくのかという心理的背景を分析している。
また、母校北海道大学の出版局から出た「日本探偵小説を読む」という評論集で、サスペンスの構造について読み解いている。

日本探偵小説を読む
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いわば筆者は物語の加速装置を知り抜いた男なのである。
そして満を持して、その加速装置を自らの作品に持ち込んだ。

Watch out!
速いよ。
加速されるのは物語じゃなくて、こっちの気分なんだと気づいた時には、二行おきくらいに飛ばしながら読んでいる自分を発見して急ブレーキをかけることになる。

必ずしも理論的背景がわからないと楽しめないということはない。
どのようにボールを握っているか知らなくても桑田真澄のチェンジアップが凄かったのはわかる。
むしろそんな裏側を見せないのがプロのエンターテイナーだともいえる。
評論家でありながら実作を書くということは、絶えず種明かしをしながらもマジックでお客さんを驚かせるようなものだろう。
しかし文学にはそういう楽しみ方も許されている、と僕は思う。

シェリーのフランケンシュタインには「批評理論入門~フランケンシュタイン解剖講義」という優れたガイドブックがあり、併読すれば芳醇な作品世界をより楽しめるし、奥泉光がいとうせいこうと書いた「小説の聖典」も、読めば一見難解な奥泉作品の世界に通奏低音として響く「鍵」のようなものを感じ取れるようになる。

批評理論入門―『フランケンシュタイン』解剖講義 (中公新書)
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小説の聖典(バイブル) ---漫談で読む文学入門 (河出文庫)
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Pixerの傑作「レミーのおいしいレストラン」では、料理評論家イーゴの独白を以って評論のある種の虚しさが語られるが、だからこそ真の評論とは、実作者を凌ぐ覚悟をもつ者でなくてはできないと僕は思うのだ。
そして評論と実作は必ずしも相克するばかりではない。文学の世界で実現した、評論と実作の幸せな共演を是非ご体感いただきたいと思う。

2015年3月30日月曜日

異文化の衝突が悲劇を加速する〜キャプテン・フューチャー第五巻「太陽系七つの秘宝」

キャプテン・フューチャーの第五巻はいよいよウル・クォルン登場の「太陽系七つの秘宝」

カーティスの仇敵といえば、この男ウル・クォルンだ。
なにしろ、この男の父はヴィクター・コルボ。
そうカーティスの両親を殺した男だ。

しかしその時、グラッグにヴィクター・コルボも殺されている。
だからウル・クォルンにすれば、フューチャーメンも親の仇ということになる。

我々の常識で考えれば、ニュートン博士の研究を盗もうとして博士を殺害したヴィクター・コルボに同情の余地はなく自業自得なわけだが、物語では火星人は肉親を殺された恨みを晴らすことが最も重要な道徳観念なのだと設定されており、いわば物語は異文化の衝突としての性格を持っている。

実際、我々の歴史でも古くからこのような衝突は見られたし、社会秩序の形成が格段に進んだ現代でも同様の問題は絶えず起きている。
ハミルトンの社会を見つめる慧眼はどこまで鋭いのだろう。

と同時に元祖サブカルとしての魅力も発揮されている。
小悪魔キャラ、ヌララの登場だ。
翻訳を手がけた野田宇宙軍大元帥もこのキャラがお気に入りで、ご自身が書かれた「風前の灯!冥王星ドーム都市」でもヌララをfeaturingしておられる。
イラストの鶴田謙二さんも亡くなった野田氏への手向けか、こんな素敵なイラストを寄せている。


いいなあ、これ。

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2015年3月23日月曜日

政治への不信こそが頭脳犯罪の温床なのだ〜キャプテン・フューチャー第四巻「脅威!不死密売団」

キャプテン・フューチャーの第四巻は「脅威!不死密売団」

本作での敵役は「生命王(ライフロード)」
飲むだけで若返りを果たす秘薬だが、一定期間を過ぎると急速な老化が始まりすぐに命を落とす恐ろしい毒薬である。

太陽系政府も事態を把握しており、全惑星、衛星に通達を出しているのだが、セールスマンに「ああ、それは政府の嘘なんですよ」と言われるとコロッと信じてしまう。
もちろん、人は信じたいものを信じる生き物であり、どうしても若い肉体を手に入れたい事情がある者は騙されやすいということもあるだろう。

しかし近代以降、政府は嘘を吐くものである、という疑いが民衆の心のなかに拭い難く巣食っていることが根底にあることは否定出来ないと思う。
マックス・ウェーバーも、官僚制的行政は知識によって大衆を支配し、専門的知識と実務知識を秘匿することで優越性を確保するのだと言っている。
いかに正当な理由があっても秘匿された知識が露見すれば、政府は嘘を吐いたと思われるのに、政治家個人の利益のために権利が濫用された結果であることがほとんどなわけだから、民衆を責めるわけにもいくまい。

そしてこのような不実な政治と民衆との間にある軋轢の間隙を縫って、頭脳犯罪は横行する。
我々の社会は本当に進化しているのだろうか。


それにしてもジョオン。


なぜ貴方はいつもいつも、事件が起きる度に敵の手に落ちるのか!
しかし、貴方が敵の手に落ちてくれないと、カーティスが本気にならないってとこはあるよね。
そう考えると意外と事件解決に貢献してるってことになるんだろうか。
いずれにせよ敵の手に落ちる美女が活劇的ヒロインの類型であることは間違いない。


さて、スペースオペラの中に本格ミステリの構図を持ち込むのもキャプテン・フューチャーの十八番だが、巻を追うごとに洗練されてくる。
伏線も巧みに張ってあるし、今回もけっこう犯人は意外な人ですよ。


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2015年3月21日土曜日

平成のエラリー・クイーンとサブカルチャーの賞味期限~「体育館の殺人」青崎有吾

それまでSF読みだった僕が、島田荘司先生の「占星術殺人事件」に出会ってミステリファンに転向した頃は「新本格」と呼ばれるムーブメントが花盛りだった。
中でも綾辻行人の「十角館の殺人」はその衝撃度において群を抜いていたと思う。

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そこから遡って、海外の有名ミステリもいくつか読んでみた。
島田荘司先生が、一番好きなミステリはと問われれば若干の気恥ずかしさを感じながらも「Yの悲劇」と答えるだろう、とニュアンスに富んだ表現で賞賛したエラリー・クイーンも。

綾辻行人氏もエラリー・クイーンに心酔していると聞いた時には、とても意外に感じた。
緻密な消去法で推理を積み上げて「思考」を読ませるエラリー・クイーンと、作品全体の構成力で最終行の驚きを演出する綾辻作品では、その読み味がずいぶん違っていたからだ。


東京創元社のミステリ長編の公募型新人賞である鮎川哲也賞を受賞した青崎有吾さんについた通名は「平成のエラリー・クイーン」しかもタイトルは「体育館の殺人」

面白いじゃないか。
エラリー・クイーンに心酔しながらエラリー風でなく、エラリー風でないのに館ものの「十角館の殺人」 をある意味茶化してるのでは、とさえ思えるタイトルで平成のエラリー・クイーンが世に出てくるという。
これ読んでみないわけにはいかないよね。


読んでみると、謎解きの作法はまさにエラリー・クイーンだった。
伏線をそうと知られぬように張り巡らすには、相応の技術が要る。
熟練の読者には、伏線の部分にわざわざ書いているという違和感を感じて判別できるという。
最終章の怒涛の謎解き部分では、記述されていたほぼすべての客観的描写が伏線であったということが判明し、なるほど違和感を感じないはずだと感心してしまった。

これなら時代おくれの「読者への挑戦状」を挟みたくなっても無理はない。
平成のエラリー・クイーンの名に恥じない「謎」の構築力に加え、物語としても脱力と緊迫の抑揚を持っていて、「挑戦状」に応じるための再読に堪える作品と思う。

これは書くべきではないことかも知れないが、十角館の殺人という作品は驚愕のラスト一行に向かってすべての記述が収斂していく作品である。
それを踏まえて、本作品の最後の一行を心して噛み締めて欲しい。
この痛烈な皮肉は、筆者のどのような意識を反映したものか。
実に味わい深い。


しかしだからこそ残念に思うところもある。
この作品は10年の再読に堪えるものには成り得ない宿命的な欠点があるのだ。

それは探偵がアニオタで、それは別にいいのだが、古典化しないことが確定的なヲタネタが要所要所に差し挟まれていることだ。
「あえてそっち」的なニュアンスを醸し出し、探偵の個性を際立たせ、最終章での印象の逆転に寄与するこの仕掛けが時代とともに古びていくものであるのは作品に無用な「賞味期限」を設けるもので、同じ作品を何度も読む性向がある僕にはなんとも残念だ。

僕はこの作品を文庫化のタイミングで読んでいるから3年ほどのタイムラグがあるが、この程度でもかなり古びている。
古典化したか否かで断絶的な差が出てしまうサブカルチャーの賞味期限が、この物語のアキレス腱だ。ご賞味はお早めに。

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2015年3月18日水曜日

星間グローバリズム~キャプテン・フューチャー第三巻「挑戦!嵐の海底都市」

キャプテン・フューチャー・シリーズの第三作は、「挑戦!嵐の海底都市」
これも1940年の作。

おそらくハミルトンはこの作品を書くにあたって、SF作品をシリーズ化していくことは、作品の中に架空の未来史を構築することだと気づいたのではないだろうか。
前作「暗黒星大接近!」の中で、宇宙のサルガッソーに囚われた時、宇宙開拓時代の先駆者マーク・カルーの船を発見するが、今作においてそのマーク・カルーの冒険を1971年とあらためて規定して、さらにその旅でカルーが発見したグラヴィウムという鉱石が、太陽系に地球人が覇権を築くキー・ファクターになったという設定を加えている。

グラヴィウムという鉱石は、電気を流すとその極性によってプラス、マイナスの両方向に重力制御ができるというまるで魔法の石だ。
発見者のマーク・カルーが、この鉱石を使って「重力等化機」という機械を考案する。
質量の異なる惑星でも母星と同じように活動できるようになるこの機械を身につけて、地球人は太陽系内のすべての惑星を探査した。
そして、各惑星に住んでいる先住民にもこの技術を提供して太陽系をひとつの経済圏に束ねていくのである。


物語は、このグラヴィウム鉱山の利益を独占しようと目論む「破壊王」とフューチャーメンとの死闘を描く。
太陽系各地で起こるグラヴィウム鉱山でのテロ。
謎の首謀者「破壊王」と、その現場に現れるなぜか言葉や動きのぎこちない手下たち。
そこに海の惑星に伝わる「シー・デヴィル」の伝説が絡んできて・・
という、シリーズに共通した謎解きの面白さも楽しめる。

またジョオンとカーティスの恋もゆっくりとだが前進しているのが見て取れる。
ラストでカーティスが、太陽系連合崩壊の危機を免れて喜ぶ恋人たちを街でみかけて、オレにはこういう幸せはなかった、としみじみ思い起こすシーンはもしかしたら二人の恋の進展を示す最重要シーンかもしれない。


この物語が書かれたのが1940年であることを考えると、ひとつの経済圏になった太陽系連合が、リベラルで進歩的な調和の世界を実現したように見えながらも、やはり愚かしい植民地政策の傷跡を、地球人漁師に扮装して海王星の盛り場に乗り込んだアンドロイドのオットーが、「なるべく地球人らしく横柄な態度で振る舞」ったりするようなところに残していて興味深い。

さらにそのような現実のメタファーに「グラヴィウム」という一体化した各惑星の経済を支える基盤を設定することで、夢の様な惑星間貿易の世界が、まるでグローバリズムに翻弄される現代のようにも見えてくるところなどは非常に予言的だ。
これぞSF!

カーティス・ニュートンは、各惑星が地球の優れた科学技術の恩恵を受ける世界を、生命をかけて守る価値のあるものと捉えて死闘に挑んだが、本の向こうの現実からそれを見ている僕には、もし地球人が宇宙進出などせずに自分が生まれた星の資源で足ることを知って暮らしていてくれたら、海王星の水棲人や冥王星の月に住むステュクス人などの生活は、あれほどに波瀾万丈なものにならなかったのではないか、と想像せずにはいられず、複雑な気持ちになる。

事実、薔薇色の未来を描き続けてきたSFの世界も、この後ディストピア小説が主流になっていくのである。

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2015年3月10日火曜日

扇動者と無私の言葉~キャプテン・フューチャー第二巻「暗黒星大接近!」

キャプテン・フューチャーの第二巻は「暗黒星大接近!」

あらゆる放送チャンネルに割り込んで、太陽系に迫る暗黒星の危機を警告した謎の怪人ザロ博士は、暗黒星の接近を防ぐ未知の力線を支配している自分に全太陽系の支配権を渡せと要求した!

天文学者たちは、暗黒星を調べ、そのあまりの質量の小ささに危険はないと保証し、政府はそれを発表し市民の動揺を抑えようとするが、天文学者たちが次々と失踪したため、彼らが逃げ出したものと見なした市民たちは政府への不信をつのらせ、暴動に発展。
太陽系政府首席はこの危機にキャプテン・フューチャーに出動を要請する。

失踪した天文学者を追っているうち、地球人のように見えていたザロ博士の手下の正体が毛むくじゃらの未知の人類と判明し、その姿を誤認させる未知のテクノロジーが冥王星由来のものであると突き止める。
舞台は冥王星に移り、ついに未知の文明を持つ種族を発見する。


前作と同様、今回も犯人は扇動者であった。
映像と錯覚を使って大衆をコントロールする犯罪はあまりに現代的で、予言的だ。
権威であるはずの科学者の言葉も簡単に無効化されてしまう。
思えば、僕らも水俣や石綿、放射能に至るまで「ただちに健康に影響はありません」という言説がひっくり返っていくのを目の当たりにしてきた。

もし現代にザロ博士が現れてとして、その煽動を一笑に付すことが出来ないどころか、政府発表につきまとう「騙されている」感への反発というカタチで自ら暴動に加わってしまうかもしれない。

本作でザロ博士に協力してしまう種族も、次々に惑星や衛星に植民していく地球という勢力への恐怖からのことだった。
文明の衝突は、いつも相手がこちらを誤解しているのだ、という「誤解」からはじまる。
この屈折した誤解は、自分自身への理解が足りていないことから生じるものだ。

だからいつも「無私」の境地にいるカーティスの言葉だけが、他者に届く。
残念ながら、どのような言葉で猜疑心に満ちたステュクスたちを太陽系連合に迎えられたのか、詳細は語られていないが、きっとそういうことなのだと思う。


本作には、宇宙時代を拓いたパイオニア、マーク・カルーが登場するが、次作で重要な設定が付加されて、単発の活劇だったキャプテン・フューチャーがその名の通りの「未来史」になるために重要な役割を果たすことを付記しておく。



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2015年3月3日火曜日

1940年のナースコス~キャプテン・フューチャー第一巻「恐怖の宇宙帝王」

レナード・ニモイが亡くなった。
「宇宙大作戦」がなかったら、スペースオペラの楽しさに出会えたかどうかわからない。
生涯愛するであろう「キャプテン・フューチャー」にも。
ミスター・スポック、本当にありがとう。

そのキャプテン・フューチャーも、長い間絶版で、大学生の頃一所懸命古書店で探して全巻集めた。
だから東京創元社が、2004年から全巻の復刻を敢行してくれて本当に嬉しかった。

この機会に再通読して、各巻のレヴューを試みる。
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第一巻は「恐怖の宇宙帝王」。

木星でウラニウムの鉱床が発見されて栄える新開地(ブームタウン)。
そこに群がる地球人たちの間で「先祖返り」と呼ばれる恐ろしい奇病が蔓延する。
人間が数日で凶暴な猿のように変化してしまう奇病になすすべも無い太陽系政府首席のジェイムズ・カシューは、月に住む冒険家にして科学者のカーティス・ニュートン=キャプテン・フューチャーに事態の収拾を依頼する。

木星に飛んだカーティスは、木星人を煽動して地球人への叛乱を目論む「宇宙帝王」と出会う。
不思議な未知の科学技術で武装した「宇宙帝王」
伝説の木星古代文明との関係は。

というシンプルな活劇スタイルのプロットの本作には、しかし魅力的な言葉で木星人たちの中にある抑圧への反発を引き出す宇宙帝王と、その強さによって原住民たちの脅威を取り除くことで信頼を得るカーティス・ニュートンの違いはどこにあるのか、という問いが隠されている。

それは「動機」である、と誰もが答えるだろう。
しかし私欲のためとはいえ木星人を操って地球人への叛乱を起こさせることは、木星人を地球人のローマ的支配から解放するという実益があったはずだ。
カーティスの鉄拳は、一見正義に見えるが、その強すぎる刃はカーティスが敵だと「思う」側に向けられているだけで、例えば彼を襲ったことで命を奪われるディガーやクロウラーは、人間とコミュニケーションを取れないというだけで敵認定を受け、一方的に命を奪われているのである。
まるで、ヒトラーとナポレオン。

そういう意味で、勧善懲悪という名の思考停止が、この種の活劇の「面白さ」を支えているという逆説について、現代の読者である我々はもう少し自覚的であってもいいのかも知れない。

しかしもちろんそのような読み方は1940年に書かれたこの物語に対してフェアではないし、 キャプテン・フューチャーの冒険にドキドキしながら読んで、はあー、ジョオンとはどうなるのかなあ、などと想像して本を閉じるのが幸せな読み方だと思うし、基本的に自分自身もそのように読んだ。

そのように読めば、やはり本作において最も重要なシーンは、ジョオン・ランドールの登場であると言っていいだろう。
しかも惑星警察機構の女性諜報員ジョオン・ランドールは、調査のため看護婦に扮装して奇病「先祖返り」の患者が収容されている病院にもぐりこんでいるのである。
1940年のナースコス。
なんて歴史的な。

さらにラストシーン。
カーティスはコメットのコックピットで「あれは素晴らしい娘だね、サイモン」とつぶいたあと、あわてて「だから、どうだってことはないんだけどね」 と付け加えるのだ。
ツンデレかよ。

やはりエドモンド・ハミルトンはエンタメの天才なのである。

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2015年2月22日日曜日

御手洗潔と進々堂珈琲:島田荘司

昨年の森博嗣「すべてがFになる」に続き、ついに御手洗潔がテレビドラマ化される!
番組HP

ドラマ化されるのは「UFO大通り」収録の短編「傘を折る女」だそうだ。

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「傘を折る女」はすでにコミカライズされている。「絵」になるストーリーに御手洗潔という名探偵の天才性を突き詰めて表現した、このタイプの代表作といえる。


島田荘司御大はいまだに旺盛に新作を書いており、御手洗ものの新作「星籠(せいろ)の海」で僕らを唸らせてくれたばかりだ。

その御手洗潔の大学生時代を描いた異色作が、新潮社から「進々堂世界一周〜カシュガルの追憶」というタイトルで出版されていたが、このたび文庫化された。
文庫化にあわせて「御手洗潔と進々堂珈琲」と改題された。

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が、あろうことか新潮文庫に新設されたライトノベルレーベル「NEX」からのリリースと聞いて昔からのファンは驚いたのではないか。
角川から出ていた「ロシア幽霊軍艦事件」と同時刊行となった。

表紙はサカサマのパテマやNO.6のキャラデザをやったtoi8さんだが、落ち着いたイラストでいい感じである。
が、やはり小説としてはNEX読者とはちょっと相性が悪いのではないか。

案の定、読書メーターなんかを見ていると、「初御手洗です。ミステリじゃなかったです。がっかり」的な反応が多く、明らかに失敗している。

これは御手洗潔という探偵物語の奥深さを指し示すAnother Sideなのであって、ファンにこそ深く刺さる作品。決して初御手洗にふさわしいものではないのだ。


ここに収録された4つの短編には、どれも国を跨ぐ人と人の繋がりが描かれている。
どの物語も、読み終えた後にむしろ「自分の国」について自分が知っていたと思っていたことが幻想であったということを思い知らされる。

田舎町にある「外国」と言っていいバーを経営する女性を好きになった高校生。
小さな街ながら、学習障害があるために異邦人として生きる少年が、自分の限界を超えていこうとする時に立ちふさがる偏見。
太平洋戦争を舞台に、植民地化された朝鮮の志願兵が体験する「祖国」からの迫害。
シルクロードの交差点で大英帝国とウイグルとの間で板挟みになった知識人の悲劇。

筆者はこの短篇集で、一貫して「愛国」という言葉の危険な思考停止を描いている。
それは日常にもあり、弱者の視線を見失った時に凶器に変わることを示唆している。
自分の視線がすべてだと思い込んだ人たちの善意が、抗い得ない運命として弱者を襲うことを教えてくれている。

誰もが、今よりもいい生活を望んでいるという幻想がそのエンジンを廻している。
隣の人が自分と同じだと思い込むシステムが僕らの神経組織には、ミラーニューロンという形でインストールされているので、なかばやむを得ないことではある。
それでも、自分と違う人がいるということ、その人が望んでいることもまた自分とは違うということを想像する知性がなければ、この世界から争いは無くならない。
争いが無くなることを望む人を「お花畑」という人は、それを想像したことがないのだろう。

ミステリだと思って読んだのにそうでなかったので残念だ、という感想こそが残念だ。
この物語は、人間という知性はなぜ時に想像する力を失うのかという最大の謎について描かれたミステリの傑作なのである。

2015年2月3日火曜日

セプテンバー・ラプソディ:サラ・パレツキー

サラ・パレツキーのV.I.ウォーショースキー・シリーズ第16作「セプテンバー・ラプソディ」
絶好調なのである。

シリーズ最長にして、間違いなく最高傑作の登場と言いたい。


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不思議なことだが後半を読んでいて、なんとなくCDをバッハの無伴奏チェロにしなくては、と思った。
CDを換えると、まもなく物語の中でも同じ曲が流れ始めた。

Cello Suites
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この曲は、16世紀の繁栄の後、宗教的な対立がヨーロッパの歯車を狂わせていった時代に、そのような人間の欲得とは無縁のところにバッハが打ち立てた金字塔だ。


この物語にうずまく本当にいろんな形の「エゴ」と、純粋な学問への「愛」のどうしようもない交わらなさ、にその対比はよく似ている。

人間は理解し合うことが絶望的に難しいからこそ、超越したものに憧れるのだろうか。