2015年6月28日日曜日

映画「ハンナ・アーレント」〜我々の日常に棲む悪の凡庸

映画「ハンナ・アーレント」をやっと観た。

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観終わって胸を刺すのは、現代社会に生きる我々は、程度の差はあっても皆が凡庸なアイヒマンなのではないかという疑問だ。

会社に所属して仕事をしたことのある人間ならば誰でも、「それが仕事だから」というだけで、特に良心に問いかけたりせずに上司からの命令に従って日々を送った経験があるはずだ。

殺人犯が書かれた本は、それを禁じる法律が無いという理由で出版され、ベストセラーになるし、 キッチンでは、表示された消費期限が来ていなければ、食べられるものと判断するだろう。

科学は進歩し、社会は高度化したが、かえって我々の思考は停止している時間の方が長くなったのではないか。
世の中にはとうてい見きれない程のチャンネル数を備えたテレビシステムがあり、インターネットには日々膨大なコンテンツが流通している。
ネットに集積した口コミを眺めていれは、明日何を食べようか考える必要はない。自分に相応しくない店に足を踏み入れてお店に冷たくあしらわれたら、ネガティブな書き込みをして復讐だってできる。
何か答えが知りたければGoogle先生が、Wikipedia先生が、そして池上彰先生までもが、ハイデガー先生のかわりに教えてくれる。考える必要はない。信じればいい。

ハンナ・アーレントが、アイヒマン裁判を通して警告した現代の新しい悪である「凡庸さ」は、それが人間の深い部分に根ざした心性の悪でないゆえに、簡単に蝕み、簡単に拡散していく。
このことは広く理解されないまま、事実現代の病理として今我々の日常の中に静かに存在しているのではないか。
だとしたら今度人類が起こす悲劇は、アイヒマンを絞首刑にして終わるようなものではないのかもしれない。

映画のラスト8分のスピーチにあった「考える事で人間は強くなる」という言葉を信じたい。John LennonがImagineで歌ったのもきっとこのことだったんだと今は思う。