2014年11月14日金曜日

サスペンスの複層構造:「インセプション」

クリストファー・ノーラン監督の『インセプション』は、SFアクションの映画だが、同時にどうしようもなくサスペンス映画なんだと思う。

ここではまず、サスペンスとは何か、について確認しておきたい。
テキストに、北海道大学出版会「日本探偵小説を読む」に収蔵された、僕の大学時代の友人でもある評論家大森滋樹氏の論文「サスペンスの構造と『クラインの壺』『ジェノサイド』の比較考察」を引用する。

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まず「サスペンス」の定義だが、権田萬治・新保博久『日本ミステリー事典』によれば、文学におけるサスペンスは、
主人公の不安、緊張など緊迫した心理を描くもので、論理的な謎解きよりも主人公の恐怖感に主点が置かれるため、心理小説的な色彩が強い。
と定義されている。

論文で大森は、サスペンスは
「自由意志の拘束」という状況で示される。
としている。
そしてその「拘束」は、「閉じ込める」「追い詰める」といった空間的な要素か、または制限時間を決め、その間に複雑な作業を手早く処理させ、刻々とセコンドを刻んでいく時間を限定するもの、あるいは両方を組み合わせて精神的な自由を失う状態を作り出す、としている。
そしてそれは、つねに生命の危機と絡む形でプロットに組み込まれるのだ、と。

さて、映画「インセプション」では、人の夢(潜在意識)に入り込んでアイディアを“盗み取る”特殊な企業スパイに、いつもとは逆にアイディアを“植え付ける”=インセプションのミッションが舞い込む。
植えつけたアイディアを自分のものと確信してもらうために、夢の中の潜在意識にさらに夢を見させ、その第二階層の夢の中で信頼する人物に扮した者からアイディアを吹きこませるというミッション。

クリストファー・ノーランは、この複層構造の夢の中で行われる冒険にある興味深い条件をつけている。
ひとつは、階層が深くなっていく度に時間の進度が速くなるというもの。
これはよくわかる。
僕らが実際に見る夢も、数十分に感じるものも実際にはほんの一瞬に経験しているものだそうだから。
しかしそれだけではない。さらにこの時間差のある世界で深い階層側に入ってしまった時は、その複数の階層に自分が必ず居ることになるのだが、すべて同時に目覚めないと現実社会に意識が戻ってこれないという制限までついている。
映画では、ミッションがスムーズにはいかず、結局第四階層まで潜っていくようになる。
第一階層の夢の中でほんの数秒しか残されていないタイムリミットの中でミッションを成し遂げるために。

この時間の進度に差異がある世界構造をうまく使って、サスペンスの定義にある、時間的制約を何倍も複雑で面白い制限に仕立てているのだ。

もうひとつは、どこかの階層で死ねば、その一階層下から意識をサルベージしないと帰ってこられないというものだ。各階層には、心を守ろうと潜在意識が配置したコンバットが待っている。
実際キーマンが撃たれ、それを救うためにもう一階層深く潜らざるを得なくなる。
この一捻りもふた捻りもある空間的制限が、このミッションの達成を限りなく困難なものにしているのだ。

まさにサスペンスを知り抜いた脚本の妙味である。

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