2013年8月2日金曜日

映画「ドリームガールズ」に描かれたモータウンの興亡

映画「Ray」ではレイ・チャールズを演じたジェイミー・フォックスとビヨンセ・ノウルズが主演した映画「ドリームガールズ」には、黒人音楽がミュージック・ビジネスとして大きくなっていく過程の悲喜こもごもが、モータウンの歴史に仮託して描かれている。
シュープリームスの一員メアリーの自伝「Dream girl : My Life As a Supreme」を元に制作されたミュージカルの映画化である。



映画のどのエピソードも実話がもとになっているのだが、ここでは主要なエピソードだけ抜き出してみよう。


ジェイミー・フォックス演じるカーティス・テイラー・ジュニアのモデルは、モータウン・レコーズの創始者ベリー・ゴーディ・ジュニアだが、彼は所属していたブランズウィックという弱小レーベルから、自らが作曲した「ロンリー・ティアドロップス」という曲で、ヒットに恵まれなかったジャッキー・ウィルソンという天才を一躍スターダムに押し上げる。
このジャッキーが、エディー・マーフィー演じるデビュー直後のジェームス・アーリーだ。

この成功で、ベリー・ゴーディー・ジュニアは独立し、モータウン・レコーズを設立するが、実際のジャッキーは一緒にモータウンに移籍しなかった。
モータウンはモーター・タウン、つまりデトロイトのことで黒人労働者の多い街から離れずにポップチャートにチャレンジしていくことで人種の壁を破っていくという強い意思の表れなのである。
しかし、その後その理想は「ヒットすることがすべて」という思想に置き換わっていく。


そのきっかけの一つとして描かれるのが、ジェームス・アーリーのヒット曲が白人のサーフバンドに「奪われて」アーリーの曲がラジオから消えていくシーンだ。

このエピソードは、チャック・ベリーの名曲「スウィート・リトル・シックスティーン」が、ビーチボーイズによって歌詞だけ変えられ「サーフィンUSA」として大ヒットしたことを描いている。
しかしこの事自体は当時の業界では「卑怯」ではあっても「告発」はされないのが通例だった。当のチャック・ベリーだって、出世作となったのはカントリーの「アイダ・レッド」を焼き直した「メイベリーン」だったのだし、そもそもシンガーソングライターのマーケットの基盤は、50年代にボブ・ディランが膨大なトラッドソングのレパートリーに自作の詩を載せて歌ったことで大きくなったとも言える。

とはいえ確かに黒人音楽は白人によって搾取される傾向にあったのだ。


映画でのジェームス・アーリーは、それでもしぶとく自分の音楽を追求していく。
そして、社長であるカーティスに内緒で社会性の高い新しいソウル・ミュージックを作って聴かせるが、「そういうのは売れない」と一蹴されてしまう。

これはまさに、マーヴィン・ゲイの「What's Goin' On」そのものだ。
ベリー・ゴーディーに「今まで聴いた中で最悪のレコード」と言われながらもリリースを強行し、5週間全米チャートの一位を獲得した、時代を変えたレコード。
スティービー・ワンダーの諸作とともに、黒人音楽のオリジナリティをぐっと高めた功績は大きい。
しかし、そんなことができたのはほんの一部のアーティストだけ。
ベリー・ゴーディーが、新しい音楽の潮流を見立てる力が無くなっていたことが、その後のソウル色を薄れさせた「ブラック・コンテンポラリー」というある種のムードミュージックがヒットチャートを席巻する結果になってしまうのだ。

それでも初期のモータウンには優秀なソングライティング・スタッフという武器があった。だからこそ、あそこまでの成功を得られたのだ。
映画ではC.Cという名で描かれているが、初期モータウンではスモーキー・ロビンソン、そしてその後のホランド=ドジャー=ホランドというソングライティング・チームがそれにあたる。

映画では少しタイミングが違うが、このホランド=ドジャー=ホランドの快進撃と、映画でのドリーメッツ、実際はシュープリームスのメインボーカリスト交代劇が始まる。
ベリー・ゴーディー・ジュニアはヒットに恵まれなかったシュープリームスのメインボーカルを恋人だったダイアナ・ロスに交代させ、売り込みに来た才能あるソングライティング・チーム、ホランド=ドジャー=ホランドにキャッチーな楽曲を書かせて1965年からの三年間で10曲もの全米ナンバー1ソングを送り出す。
このダイアナ・ロスが、ビヨンセ演じるディーナ・ジョーンズだ。

それまでリーダーだったフローレンス・バラードは、(映画ではエフィとして描かれている)失意の中でグループを去り、アルコールに溺れ若くして亡くなってしまう。

そしてこのヒットで巨万の富と自信を得たベリー・ゴーディー・ジュニアは、あろうことか会社をロサンゼルスに移して、何を考えていたのかダイアナ・ロスを主演女優に立てて映画産業に進出する。
一作目の「ビリー・ホリディ物語」こそアカデミー主演女優賞にノミネートされるほどのヒットを記録するが、その後は厳しい展開。
ブロードウェイのヒット・ミュージカル「ウィズ」の映画化で、34歳のダイアナを少女役として投入する無理がたたってか大失敗。資金の大半を失う。

マーヴィン・ゲイの成功を予見できなくなっていたベリー・ゴーディーは、モータウンを支えていきた優れたスタッフの信頼も失っており、その上経営に行き詰まったとあってはスタッフの流出も止めることが出来なかった。
1988年、ついにモータウン・レーベルそのものをMCAに売却することとなる。

偉大なるモータウン・レコーズの伝説の終焉だ。

音楽は成功すれば巨万の富をもたらすビジネスだ。
しかし、富そのものを目的にすれば、成功も逃げていく。
良い音楽を世に問うことを忘れてはならない。
純粋に音楽の力を信じられなくなったら舞台から降りるべきなのだ。

あらゆるビジネスに通底する基本原則が、この映画には描かれている。

2013年8月1日木曜日

赤坂真理「東京プリズン」無教養の罪についての物語

まず申し上げておきたいのは、赤坂真理著「東京プリズン」には巣鴨プリズンは、現在サンシャインシティが建っている場所にあったとの情報以外は出てきません。よって、戦中のゾルゲ事件や、戦後の東条英機のこと、米軍による独房の盗聴のことなどは書かれておりません。
次にこの本には、作中「東京裁判」を再現するディベートが展開されますが、その中で著者赤坂真理さんが独自に取材または考察して構築された事実、知見はひとつも記載されておりません。既知の情報だけです。

いや、これらは私が勝手に期待していただけのことで、著者には一切非はありません。



ここに書かれているのは、一貫して無教養についての罪、とでも言うほかないものだ。

アメリカに留学した主人公は、南北戦争が内戦であったことを知らず、漢字が中国からもたらされた文字であることを、アメリカ人が言うChinese characterという言葉から気付いて、「腰が抜けるほど」驚いたりする。

だから彼女は当然、東京裁判でのAB級戦犯の級が区分けであって、罪の重さとは無関係であることを知らない。
そしてA Class(つまりGradeではない)のclassを「級」と翻訳したことに原因があると言う。

概ね、この物語で問題にされているポイントはこのような論法で語られる。
もちろんどこかに隠蔽の意図があるという話ではないので、これは単に無教養の問題としかいいようがない。

物語の構造が、時空を超えて母子の人格さえも取り替えながら、死した英霊たちやベトナム戦争の戦死者、狩りで誤って殺したヘラジカの仔まで交えながら気宇壮大に展開していくのに、その中心に渦巻いているわだかまりの正体が「無知」であったというところにナットクがいくかどうか。

それがこの物語を自分の物語として読めるかどうかの分水嶺だ。
私には無理でした。
スミマセン。

2013年7月31日水曜日

法条遥「リライト」は文字通りバッドエンド版、時をかける少女であった

筒井康隆の「時をかける少女」は、何故あんなにもたくさんのリメイクを生むのだろうか。

原作に忠実だった原田知世主演の映画は、しかし原田知世という女優の存在の儚さが、時間の中を旅しながらも現実を変えていかない、という見事なイメージを獲得していた。

細田監督のアニメ版は、原田知世の演じた「元祖:時をかける少女」の姪を登場させ、彼女の喪失と成長の物語として描いた。

仲里依紗主演の映画は、「元祖:時をかける少女」の娘を主人公とし、元祖未来人も登場して、正統な続編として描かれた。元祖に安田成美をキャスティングした時点であの映画の成功は約束されていたと思う。うん、きっと彼女はあのように成長したはずだ。

いずれの物語も、コニー・ウィリスの言うところの「時代人」とのかなわぬ恋が全体の枠組みを作っている。
現実の世界で時間を移動する術はない。
だからそれはどうしても概念的でピュアな悲恋にならざるを得ない。
悲恋を描くにこれ以上の舞台はないのだ。

と、ばかり思っていたらとんでもないダークホースが現れた。

法条遥の「リライト」だ。


こちらは映画ではなく、文学。
バッドエンド版「時をかける少女」と銘打っていたが、読んでみてあまりに文字通りなのに驚いた。

なにやら人気のない教室に未来人が突然現れるし、タイム・リープ時にはラベンダーの香りに包まれちゃう。
そのまんま「時をかける少女」だ。
で、もう最後はあらゆる意味で救いがない。

それでもやっぱり悲恋なんだよなあ。
成就したからこその悲恋。
生理的に受け付けない人もいるんじゃないだろうか。

この後の続編がもう出ていて、最終的に四部作になるという。
読むかどうか、今迷っている。



米澤穂信「折れた竜骨」異端であろうとして正統となった「本格」ミステリ

米澤穂信の「折れた竜骨」は、不思議なミステリだ。



「本格」と呼ばれるミステリには厳格なフェアネスが要求される。

シャーロック・ホームズ様は、「不可能な事柄を消去していくと、いかにあり得そうになくても、残ったものこそが真実である。そう仮定するところから推理は出発する。」(白面の兵士 )とおっしゃっておられる。

かのエラリー・クイーン探偵は、実際に事件の捜査にあたって、愚直にすべての可能性を潰しながら真相に迫る。
時に、丁寧すぎて興を削ぐことすらあるが、今やこの丁寧さが本格ミステリ全作品の基調になっていると言ってもいいだろう。

その「らしさ」が「折れた竜骨」の全編を貫いている。

そして冒頭から、これが現代のお話でないことがわかるが、読み進めていくうち、この作品世界の中には「魔術」が存在していることがわかる。

ここで強い違和感が襲ってくる。
魔術がある世界で、どのようにフェアネスを貫くのだ?


日本SF大賞を受賞した貴志祐介の「新世界より」は、全人類が超能力者となった世界を構想した上で、超能力を使って他者を殺めたものは、その力によって自死するという機構を組み込んだ。
この世界にオールマイティな力など存在しない。
それが理(ことわり)というものだ。
超能力であっても例外ではない、という強い意思が「新世界より」を凡百の超能力SFと一線を画した存在にしている。

さて、では魔術の世界での殺人の捜査はどうすればいいのか。
作者米沢穂信は、なんと何の制約もそこに加えず、純粋に論理だけでこの事件を裁いてみせた。
なんと正統で、なんと鮮やかな本格推理。
こんな難行を、こんな読みやすい文体で仕上げてきた彼の作家力に脱帽する。

2013年7月29日月曜日

「スターシップ・トゥルーパーズ」はふたつの顔を持ち続ける

ポール・ヴァーホーヴェン監督の「スターシップ・トゥルーパーズ」は、ロバート・A・ハインラインのSF小説「宇宙の戦士」を映画化したものだ。



1959年に書かれた「宇宙の戦士」は、冷戦まっただ中の世情に絶望したハインラインが、こんなことなら「理想的な」軍部独裁ってのも考えてみてもいいんじゃないかという、ファシズムによるユートピア小説を真面目に書いたものだと聞いたことがある。

しかし現代の我々がこの作品を読むとき、それはどう読んでも「1984年」の系列に連なるディストピア小説にしか読めず、ヴァーホーヴェン版「宇宙の戦士」も、皮肉たっぷりに描かれたディストピア映画に見える。

ポール・ヴァーホーヴェン監督は、オランダがナチス占領下にあったハーグに生まれた。5歳の時に連合軍がドイツ本土を爆撃するために飛行していく中隊が、深夜、上空で対空砲火で撃ち落されていく様子などを見て、そのスペクタクルに興奮する。
しかし、飛行機はハーグにも墜落し、父親と堕ちた飛行機を探しに行った先で、ドイツ兵たちがバラバラに飛び散った肉片を拾って小さな箱に集めているのを見て、戦争の現実に強いショックと嫌悪感を抱く。

やがてその戦争は終結し、人類は大きな教訓を得たはずだが、どっこい紛争は無くならない。自分を映画監督にしてくれたアメリカも、パナマ、ベトナム、ニカラグアといったあらゆる紛争地域に介入し覇権を広げようとしている。

だからこの映画は、ファシスト国家の軍部によって作られた戦意高揚のプロパガンダ映画を念入りに茶化したような作りになっているのだ。


僕らの国も、長い間文化的影響を受けた隣国たちと領土に関する認識の違いからトラブルを抱えていたりする。
現政権は、彼らが攻めてきた時に充分戦えるような徴兵制を敷くための布石を打っているように見えるし、選挙の結果を見る限り国民はこの政策を支持しているようだ。

人類の歴史は、まるごと戦争の歴史と言ってもいいほどだが、人類全員を何度も殺せるような兵器を作れるようになった時代の大きないくつかの戦争を経て、僕らの国は戦争を放棄する画期的な憲法を手に入れた。
しかし、その英断は再び無に帰そうとしている。

もちろん国内には異論を唱える声も大きいが、戦争はやめようと声を上げれば、しかし実際に隣国が攻めてきたらどうするのだと諌められる。
もし愛する家族に命の危険が迫ったとして、僕にできることがあるのなら、死を賭しても愛する家族を守りたいと思う。
そのような状況が現実のものになったとき、この作品はハインラインが想定した意図を取り戻し、いっぺんにユートピア小説に姿を変えるのだろう。


きっとどちらが正しい、ということではない。
しかし、このような物語が我々の中に常に二面持って存在し続けているということを忘れずにいたいものだと思う。

2013年7月25日木曜日

「25年目の弦楽四重奏」に未だ残るベートーヴェンの魂の咆哮

真空管アンプとタンノイのスピーカーを買ってから、一時期集中的にクラシックを聴いた。

いろいろ聴いたが、僕にはベートーヴェンの楽曲が面白かった。
小さな、ほとんど音階的な意味を持たないフレーズを作って(「運命」のジャジャジャジャーンを思い出して欲しい)、その小さなピースを縦にずらしたり、横にずらしたりして幾重にも積み重ねて、楽想を作り上げ、そこにその時代で許されないギリギリの不協和音を忍び込ませて、新しい地平を切り拓いていく。そういうイメージがあった。

だからベートーヴェンの楽曲を聴く時はいつも、その「小さなピース」を探すことから始めた。
聴き進めていくうち、弦楽四重奏の第14番、作品番号131が耳に止まった。

第一楽章冒頭、小さなピースがあからさまに第一ヴァイオリン、第二バイオリン、ビオラ、チェロと追いかけるように重なっていくのだが、うまく重なりあっていなくて、ハーモニーが美しくとれていないように聴こえるのだ。
「考えすぎだな」と思った。
楽曲が進んでいくとあろうことかズレは増大していき、ハーモニーはますます複雑になっていく。しかしある時点から、ピースの転換点である印象的な最低音の位置が揃ってくる。
絶望さえも想起させるその低い音が四重奏団の中を貫いて、ついには全体でぴたりと揃ったピースが弾かれ、聴いている者の心を刺し抜いていく。

ああ!凄い曲だ!
そう思って以来ことあるごとに、長く難解なその楽曲を愛聴してきた。


だから、「25年目の弦楽四重奏」の予告編を見た時、冒頭のちょっとズレているように感じたピースの重なりが、細かいところまでどのように設計されているのか「見えた」ような気がして、この楽曲のより深い理解に繋がるのではないか、と劇場に足を運んだ。



この曲は1826年、作曲家の死の前年に書かれた。
この時期のベートーヴェンは大きな家族問題を抱えていた。
生涯独身だったベートーヴェンだが、甥カールを溺愛していたことが知られている。
弟カスパル・アントン・カールが亡くなると裁判に訴え未亡人ヨハンナからカール少年を奪い養子にして育てた。
カールは成長し、乱暴で極端な正確のベートーヴェンを嫌うようになり、この弦楽四重奏14番の作曲中のベートーヴェンを殴って飛び出し、ピストル自殺を図る。

幸い自殺は未遂に終わり、心機一転兵役につくのだが、そうまでされたベートーヴェンは、しかし作曲し終えた傑作中の傑作、弦楽四重奏14番をカールが所属する陸軍の元帥に献呈するのである。

わだかまりは薄れ、病の床についたベートーヴェンをカールは献身的に看病したという。

ベートーヴェンは殆どの作品において、形式的にも内容的にも「実験」を行なってきた作曲家だが、14番は飛び抜けて前衛的だ。
そしてその前衛性の最たるものが、7つもの楽章がすべて連続で演奏され、切れ目がないこと。
楽団はそれぞれがチューニングが狂い続ける楽器を抱えて、この難解な楽曲のハーモニーを維持していくことを要求されている。

映画の中でクリストファー・ウォーケン扮するチェリストのピーターのセリフに、
「我々も長いこと休みなく演奏を続けると調弦が狂ってくる、それぞれ違う形で」
「演奏をやめるべきか」
「それとも調弦が狂ったまま最後まで互いにもがき続けるか」
とある。

ベートーヴェンは、自身の家族が時間という試練に晒されて軋んでいった様を弦楽四重奏14番に反映させていったのだろうか。
映画の中の四重奏団も、25年の演奏活動の中で軋みを見せていた。
チェリストの病気をきっかけに、楽団はボロボロと崩れていく。

それでも、時折
「音楽に集中しろ」
「音楽に敬意を払え」
「音楽は祈りだ」
といったセリフが現れ、現実の人間関係と、演奏家として音楽を奏でるということは違うのだ、と意識させる。

事実、映画はこれといった決定的な解決を見せないまま、演奏会に突入し、信じられないような素晴らしい演奏が繰り広げられ、その徐々に調弦が崩れていくのに楽曲全体が調和していくという奇跡のような弦楽四重奏14番の魔力の中で、すべてのわだかまりが溶けていく。

結局この映画は、晩年の楽聖ベートーヴェンが残した魂の咆哮に、俳優やスタッフが見事に応えたもの、といえるのではないだろうか。


第二バイオリンのロバートは、バイオリニストを目指す娘に、
「シューベルトの最後の望みを知ってるか」と問う。
シューベルトは死の床で、ベートーヴェンの弦楽四重奏第14番、作品番号131しか聴きたくないと言い、死の5日前に演奏させた。
「その時、死にゆくシューベルトの前で演奏するものの気持ちになって弾くんだ」とアドバイスするのだ。

そういう、人生をまるごとつぎ込んで後悔しないほどの深みと力強さをこの時代の音楽は持っていたと思う。
200年ちかく経ったのに、未だその情熱は我々を動かしている。



2013年7月24日水曜日

クリント・イーストウッドが「グラン・トリノ」に託した贖罪

僕が少年時代を過ごした釧路は、二百海里以降ずいぶん変わってしまった。

それまでの釧路は遠洋漁業の基地として豊富な水揚げを誇り、揚がった魚を加工する工場も潤ったし、なにより一回の漁でちょっとした小金持ちになる漁師さんたちが街の消費を刺激して、猥雑で貪欲な活気に充ちた街にしていた。
それが1977年に改正された領海法と漁業水域に関する暫定措置法が施行され、遠洋漁業の漁場は大幅に制限された。
太平洋炭礦の閉山もあり、徐々に釧路の街は活気を失っていった。

同じようにオイル・ショック以降、アメリカの自動車産業を支えてきた街もずいぶん変わってしまっただろうと思う。
クリント・イーストウッド監督の「グラン・トリノ」は、そういう街のひとつ、デトロイトの湖畔のグロス・ポイントを舞台にした物語だ。



イーストウッド自身が演じるコワルスキーは、72年にフォードの組立工としてグラン・トリノのハンドルを作っていて、それをいまでもピカピカに磨いて大切にしている。
その翌年の1973年10月6日に第四次中東戦争が勃発。
これを受け10月16日に、OPEC加盟産油国のうちペルシア湾岸の6ヶ国が、原油公示価格を1バレル3.01ドルから5.12ドルへ70%引き上げることを発表した。
オイル・ショックだ。

これ以降、燃費がよく壊れにくい日本車に人気が集まるようになり、大型で燃費の悪いアメリカ車は売れなくなった。
72年型グラン・トリノはアメリカ自動車産業の最後の輝きと言えるだろう。

そしてグロス・ポイント地区も自動車産業で金持ちになった人々のあこがれの高級住宅地だったのだが、自動車産業がダメになるとみんな職を求めて違う州に引っ越してしまう。
代わりに白人以外が住みついて、仕事もないので犯罪が増え、荒れ果てたギャング地帯になってしまったのだ。
おまけに手塩にかけて育てた息子はこともあろうに、自分の仕事を奪ったトヨタのセールスマンなどをしているという。

しかしそれでもコワルスキーは引っ越したりはしない。
名前からもわかるようにコワルスキーはポーランド系だが、このような非WASPの移民が初期のアメリカ自動車産業を支えていた。
彼ら移民者は貧しく教育も受けていなかった。英語も満足に話せず、カソリックや東方正教徒の彼らは宗教習慣の違いにも苦労したことだろう。
その子供たちである第二世代はフォードが開校した職業学校に通って、昼は勉強、夕方以降は工場で働いたのだそうだ。

このようなやり方は、第二世代の彼らに強い忠誠心を植え付けたと思う。
朝鮮戦争で陣地を守り通すことにも発揮された、このロイヤリティがコワルスキーをこの場所に縫い止めているのだ。


ところがそんな彼の家の隣に、モン族の一家が引っ越してくる。

モン族はラオス一帯に住んでいた少数民族だ。
ベトナム戦争では、北ベトナムが南のベトコンを支援するためにラオス・カンボジアを通って物資を送った。これをホーチミン・ルートという。
これに困ったアメリカは、山岳地帯を機敏に動くラオスのモン族の機動力に目をつけ、高い報酬でモン族を雇い特殊攻撃部隊を組織した。

ところがベトナム戦争終結後、アメリカに協力したモン族は国を失い、十万人を超えるモン族がアメリカに亡命したのだ。
モン族はアメリカに利用された被害者で、コワルスキーの、朝鮮戦争でアジア人を大量に殺したという罪の記憶を刺激する。

アメリカへの忠誠心で、その罪の記憶に崩れそうになる自分を支えてきたコワルスキーは、かつて敵だと看做していたアジアの少年の中に、自分と同じコンプレックスや自尊心、どうしようもない怒りの感情や諦め、そういうものを見出したのだ。

だからコワルスキーは贖罪を選ぶ。
コワルスキーにとっては自分自身が「許されざる者」なのだ。
モン族の少年は同じような境遇に置かない。
すべて自分が引き受ける。
引き受けきった後、分身であるグラン・トリノを罪の穢れから引き剥がした。

そしてコワルスキーはグラン・トリノをモン族の少年に遺すのだ。
イーストウッドは、映画「許されざる者」で果たせなかった贖罪をやっと果たせたのかもしれない。