2013年7月24日水曜日

「地獄の黙示録」は今も、この先も黙示録であり続けるのか

戦争の映画が嫌いだった。
合法的な殺人などない、と思うからだ。

今は少し考え方が変わった。
それでも、死刑を行う国は存在するし、戦争だってちっとも無くならない。
それどころか、憲法を変えてまで戦争ができる国家にしようぜと政治家が言い出してるのに、そいつらを選挙で勝たせる国まである。

だから、戦争の映画は必要なのだ。
きっと目で見ないとわからない人もいるのだ。



その点、「地獄の黙示録」なら、うってつけだ。
戦争よりもサーフィン大事の指揮官はワルキューレの騎行を大音量で流しながら、残忍な殺戮を行うし、河でベトナムの船を見つければ、機銃斉射しておいて負傷者を病院に運ぶ。
戦争の現場は残忍で不条理で、人間はそこに普通の神経で立っていることは出来ない。
僕らのよく知っている戦争は政治家が机の上やら会議室で作っているのだ。


だが、この映画は戦争とは関係ない文学作品を原作に作られた。
ジョセフ・コンラッドの「闇の奥」という、この映画の原作小説は、象牙貿易で絶大な権力を握ったクルツという人物を探しに、アフリカ奥地へ河を遡るマーロウの旅の顛末を描いて、ヨーロッパ帝国主義の植民地支配の実態を暴く物語であった。



密林の奥で現地人の信仰を集め「王」となったクルツ。
それが「地獄の黙示録」のカーツ大佐だ。

そしてカーツ大佐には、もう一人のモデルがいる。


ベトナム戦争では、北ベトナムが南のベトコンを支援するためにラオス・カンボジアを通って物資を送った。これをホーチミン・ルートという。
これに困ったアメリカは、山岳地帯を機敏に動くラオスのモン族の機動力に目をつけ、高い報酬でモン族を雇い特殊攻撃部隊を組織した。
この時送り込まれたのがトニー・ポーという男で、結局モン族の王女と結婚し王様となった。
「闇の奥」をベトナム戦争の物語に翻案するために使われた、カーツ大佐のもう一人のモデルだ。

この時、アメリカに協力したモン族は国を失い、十万人を超えるモン族がアメリカに亡命
した。モン族の亡命者たちが移住した町を舞台にしたのがクリント・イーストウッド監督の「グラン・トリノ」なのだが、それはまた別の話だ。



この映画のクライマックスは、もちろんウィラードとカーツ大佐の対決だが、その対決の直前、カーツ大佐の机に置かれた「金枝篇」が明示的にスポットを浴びる。
むろん「王殺し」の示唆だ。


金枝篇での「王殺し」は、集落を護っている王の呪力を永続させるために行われる。
王の力が弱まってきたら呪力が完全に失われてしまわないうちに殺してしまい、殺したものに呪力を移すという儀式なのだ。
だからカーツを討ち、民の前に姿を現したウィラードを見て人々が次々に武器を捨てたのは、彼を次の王に承認するという意思表示だろう。
立花隆氏が言うような、この映画の平和主義的側面というのとは違う、と僕は思う。


コッポラは撮影して一度はラストシーンに組み込んだカーツ砦の爆破シーンを公開直前に削除したそうだ。
それまでのウィラードの言動から考えれば、「オールマイティ」に砦を焼き払わせるのが自然に思えるが、こちらがコッポラの意思をより忠実に反映したものだと考えると、ウィラードはすべてを焼き払うことによってこの一件を終わりにせず、自らが新しい王となって「自分の」王国を作りに旅立ったのだろう。

「闇の奥」でのマーロウ(=ウィラード)は、クルツを看取った後、生き抜いて、河を離れることなく生き抜いてクルツへの忠誠を示す。
ウィラードもまた、生き抜いて、戦いの泥沼を離れることなく生き抜いて、この世界に戦争が絶えることがないように、今もまだ呪いをふりまき続けているのではないか。

事実この作品のウィラードとカーツの対決シーンから、村上春樹「1Q84」の青豆と教祖の対峙を想起しなかった人はいないだろう。
また、伊藤計劃の「虐殺器官」の精神的バックボーンとなって、我々に戦争の狂気の存在を伝え続けているではないか。

だからこそ、この物語は「黙示録」を名乗っているのだと思う。
怖ろしい。怖ろしい。

2013年7月22日月曜日

ジョセフ・コンラッド「闇の奥」

ジョセフ・コンラッドという英国の作家を教えてくれたのは村上春樹だった。

最初は「羊をめぐる冒険」で、鼠の別荘のサイドテーブルに「コンラッドの小説」が伏せて置いてあった、とある。
その時は特に気に留めなかった。

「ノルウェイの森」では長沢が「僕」に好きな作家を訊かれて「バルザック、ダンテ、ジョゼフ・コンラッド、ディッケンズ」と答える。
バルザック、ダンテ、ディケンズは読んだことはなくとも名前くらいは知っていが、ジョセフ・コンラッドは聞いたことないな。その時はそれで終わり。

次にコンラッドの名前を見たのが、やはり村上春樹で、今度は「スプートニクの恋人」だった。
突然の電話でギリシャに行くことになった「僕」が、慌ててカバンに詰めたのが、着替えと洗面用具とコンラッドの小説を2冊。そして、水着。
春樹サン、コンラッド大好きやな。
そこまでいうなら、とその時は、コンラッドの小説ってどれのことかな、と調べてみた。

代表作は「闇の奥」で、映画「地獄の黙示録」の原案となった、とある。
ふーん、戦争の話か、と思った。

しばらくして注目している光文社古典新訳文庫から「闇の奥」が出版されると聞いてさっそく手に取った。



全然違うじゃないか!

それは、ベトナム戦争とはまるきり関係がなく、象牙貿易で絶大な権力を握ったクルツという人物を探しに、アフリカ奥地へ河を遡る旅の顛末の物語であった。

密林の奥で現地人の信仰を集め「王」となった男を探しに河を遡るという物語の基本構造を原案として使っている、ということか。



一義的に、この物語はヨーロッパ帝国主義の植民地支配の実態を暴く物語として捉えられる。「西洋文明の闇の奥」というわけだ。
そしてその歪んだ帝国主義の構造の中だからこそ、文明の理想に燃えていたクルツのような男が、精神の闇の奥に触れ、偽物の王になり、象牙の亡者に成り果てざるをえなかったのではないか。

密林の闇の奥の、言葉さえも封じ込められてしまう漆黒の闇は、我々の理性を奪う。
その先にあるものは、クルツの「怖ろしい!怖ろしい!」という最後の審判であったのだ。それもまた闇の奥。

クルツへの愛の幻想から冷めないでいる婚約者の存在でさえ、そんな狂気の連鎖の中に取り込まれてしまった。

そしてその狂気を直視できずマーロウが思わずついてしまった彼女への嘘。
これこそが、この辿り着く場所がもともとなかった旅の到達点だったのだ。

そういえば、地獄の黙示録のウィラードと闇の奥のマーロウには、どちらもチャンドラーの探偵(こちらもマーロウだ!)のようなタフネスとユーモアがある。
こういう男でなければ、この闇の奥への道は切り拓けない。

我々が理性などと呼んで珍重しているものは、その程度のものなのかもしれない。
大数学者の岡潔先生も小林秀雄との対談集「人間の建設」で「知には情を説得する力がない」とおっしゃっておられる。
まことにそのとおりだ思う。

2013年7月21日日曜日

半藤一利「幕末史」

私の家内の実家は、泊原子力発電所の目と鼻の先にある。
だから原子力発電の安全性に関しては全く人ごとではない。

ある日、こんな話を聞いた。
日本の原子力発電所のほとんどは、戊辰戦争、および西南戦争までの日本各地で蜂起された新明治政府への抵抗勢力の土地に建てられている、という。

調べてみると確かに例外は浜岡だけで、あとは朝敵藩の領土に建てられていた。

まさか今に至るまで誰かが恨み骨髄に思っていて、復讐のために原子力発電を建てて廻ったということはないだろう。
政府が運営上、朝敵藩を冷遇してきた結果、利益誘導的な日本政治のこと、自治体運営自体がうまくいかなくなり、産業が育てられなかった結果、原発建設に適した土地が残っていたということと、交付金をもらってでも自治体運営をしていかざるを得ない状況になってしまったということなのだろう。

なんてことだ。
そんな昔の戦争の影響がまだ残っているとは!

急に、教科書で習った幕末がうすっぺらなものに思えてきて、ちょうど書店に並んでいた半藤一利さんの「幕末史」を手にとった。



冒頭から、教科書の歴史は薩長史観であるとの痛烈な指摘が。
そして「坂の上の雲」や「世に棲む日日」で僕らを痺れさせてくれた司馬史観も薩長史観の裡にある。

長い間、明治維新というのは攘夷派と開国派の政争と思っていた。
しかし根は関ヶ原で敗戦側につき冷遇された薩摩と長州が国威を取り戻すため、鎖国体制下で長崎に交易権が独占されている間隙をついて密輸入で莫大な収益をあげていたところにあったのだ。
ペリーの来航で、諸外国との国交が開かれると、この資金源が絶たれる。
ゆえの攘夷なのである。
今度は関ヶ原か・・

しかし、事態が進んでいくうち、戦争の歴史に鍛えぬかれた海外の兵器の力の違いや組織化された軍の洗練に触れ、攘夷は無理だ、となる。
となれば、開国後の権益を受け取る側になりかわる他ない。
ゆえの倒幕なのである。

かくして攘夷派は統幕勢力となり、それでも戦っている場合ではないと気付いた一部の俊英の素早い策略と慶喜の不戦の英断により、全面戦争になる前に大政奉還に至るわけだ。

しかし新政府は軍人ばかりで、政治家不在のまさに烏合の衆。
岩倉具視の海外視察団を派遣して勉強の成果を新国家体制作りに活かそうと言っているのに、留守中に西郷隆盛の独断専行による改革の乱発。
しかし征韓論の挫折で西郷が鹿児島に帰ると、今度は大久保利通が西郷派が抜けた政府の中枢を大久保派で埋め、改革を続ける。
そして、佐賀の乱を手始めに九州勢が蜂起し、西南戦争に至る。

この間の報道や巷間の声は、現代の政治批判の無責任さと全く同じで、読んでいると身につまされて辛くなる。

さらに西南戦争の直後、なんと日本は台湾征討に出て勝利する。
何をしているのだ。

さらに調子に乗ったのか、朝鮮半島周辺の海路を測量するといって、江華島付近にボートを下ろしたところに砲撃を受ける。いきなり砲撃というのもどうかと思うが、何しろ台湾を攻めた後なのだ。アジア各国もピリピリしている。無理もないと思う。
さらに、これをきっかけに大型軍艦を朝鮮に乗りつけ、朝鮮側の鎖国を開かせ、不平等な条約を結ぶ。
ペリーと同じじゃないか。これでいいのか。

またこの西南戦争や台湾征討の際、シビリアン・コントロールのもどかしさに痺れを切らした経験から、山県有朋が軍の統帥権を政府から独立して天皇陛下直下に置くようにしてしまう。

昭和の軍事大国化の流れは近代日本の成立にビルドインされていたのだ。

この失敗の経験から僕らは今の憲法を手に入れた。
やっぱり、これ簡単に変えちゃいけないんじゃないか。
そう思う。

「ミスティック・リバー」戻らない時のような河の流れに

「ミスティック・リバー」は、人気作家デニス・ルヘインの傑作ミステリー小説を、「許されざる者」のクリント・イーストウッド監督が映画化した重厚なミステリー・ドラマだ。



かつての幼馴染みが、ある殺人事件をきっかけに25年ぶりに再会、事件の真相究明とともに、深い哀しみを秘めた三人それぞれの人生が少しずつ明らかになっていくさまが、静謐にして陰影に富んだ筆致で語られていく。

ジミー、ショーン、デイブの三人は少年時代、よく一緒に遊んでいた。
ある日、いつものように三人が路上で遊んでいたところ、突然見ず知らずの大人たちが現われ、デイブを車で連れ去っていってしまう。
ジミーとショーンの二人は、それをなすすべなく見送ることしか出来なかった。

数日後、デイブは無事保護されるが、彼がどんな目にあったのかを敢えて口にする者はいない。それ以来三人が会うこともなくなった。

それから25年後。ある日、ジミーの19歳になる娘が死体で発見される。殺人課の刑事となっていたショーンはこの事件を担当することになる。
一方、ジミーは犯人への激しい怒りを募らせる。やがて、捜査線上にはデイブが浮かび上がってくる。


僕は40代になってからこの映画を観た。

僕が幼少期を過ごした1970年代の釧路は、太平洋炭鉱の閉山と200海里で、大きく街のカタチが変わりゆく時期だった。
街の中で人口の移動があり、公務員住宅が移設されたり、新しい学校が出来たりして、転校する子が多かった。
自分自身も4年生の時に転校した。

転校したり、して来たりの中で、何人か忘れることのない友達ができて、そして別れた。
ちょっとキワドいイタズラや、野球。
ミニスキーに忍者ごっこ。
時には喧嘩もしたはずだ。


小学校での転校や中学進学でその多くの友達と離れ、自分自身が成長し変わっていく。
そして高校に入学した僕は、先輩に強く勧誘されて剣道部に入部したが、そこで縁あって小学校時代、転校前と転校後に仲良く遊んだ友達と二人と偶然再会した。

さらに時が進んで、現代は恐ろしく進んだ情報化社会。
僕はFacebookなる文明の利器で、懐かしい親友や、昔想いを寄せた人と再会した。


友達の距離感というのは不思議だ。
昔の友達と話すとき、その頃とは変わってしまった自分が照れくさくて、でも子どもの自分に戻れるわけではないし、その中間くらいの自分を演技して、ある種の浮遊感のようなものを感じながら振る舞う。


「ミスティック・リバー」には、常にその不思議な距離感と現実の行き来が描かれている。
クリント・イーストウッド監督の映画にはいつも儘ならない現実が描かれるが、本作では外面的な運命だけでなく、内面的な心情の儘ならなさに強く踏み込んで演出されている。
だから心が揺さぶられる。

そしてその揺さぶられた心を、強い違和感に導くラストのパレードシーン。
そこにまとわりつく非現実感こそが、この映画の主題である。

殺人を察知しながらも止めず、幼馴染を殺してしまった夫を家族を守る正しく強い王として抱きとめるジミーの妻。
妻の承認を得て、再び立ったジミー。
ようやく手にした幸せに酔い、刑事としての自分をその一時忘れるショーン。
皆、パレードを幸福そうな表情で見つめている。

そして、その誰とも視線を合わすことさえ出来ず、憔悴のままパレードを追うデイブの妻が、この映画に突き刺された「現実」というナイフだ。
そしてパレードは、三人の少年がナイフで名前を刻んだ場所を通り過ぎていく。

それは、パレードが行き過ぎた後に必ず現実が訪れる、という約束なのだ。
そしてその現実は、それぞれの距離感をまた激しく変えてしまいながらも、留まらずに時間を進めていく。
すべてを押し流してしまうミスティック・リバーのように。

2013年7月16日火曜日

「探偵はBARにいる」はニッポンのハードボイルドである

大学生の頃、友だちの多くはアルバイトをしていた。
塾講師や、家庭教師。
レンタルレコードショップや、大学の近くの喫茶店。

僕はといえば、昼ごろ起きて、バンドの練習か代返の効かない授業にだけ出て、あとはサークルの溜まり場で時間を潰す怠惰な生活から逃れられず、決まった時間に働くアルバイトをやっていなかった。

夏休みに故郷の釧路にある、あすなろ塾という中学生向けの学習塾で国語の講師をやって、赤いアイバニーズのエレキギターを買った。
そして時々、レコードを買うために学生課の貼り紙を見て引越しのバイトをやった。
キツいけど、カネになった。
やはり働くのはあまり好きじゃなかった。


ある時、サークルの先輩が、今度新しく喫茶店が出来るからそこで一緒にバイトをしようと誘ってくれた。
働くのは好きじゃないが、その先輩のことは尊敬していた。
その人が長く働いていたCubicというカフェバーの支店のようなものだということだったので、先輩の人間性に少し近づけるかもしれないと思い、働いてみることにした。

ススキノの南興ビル地下に出来たON THE ONという店だった。
母音だが、何故かオン・ザ・オンと発音させるその店の勤務時間は、夜の11:00から明け方の4:00までだった。
ススキノのホステスさんが、お店がハネた後、お客さんと、または同僚と立ち寄って珈琲を飲む店だ。


深夜の歓楽街の裏舞台みたいな店だった。
「お店」というステージを降りた夜のアクトレスが足を休める場所。
そこには、緊張や嫌悪感から解き放たれたやすらぎのようなものがあった。
いつもは接客をする側の人たちが、同じ接客業の僕たちにかける仄かな気遣いのようなものが心地よい空間だった。
それは、ススキノという大き過ぎない歓楽街の持っている独特のアット・ホームさの源泉だったのかもしれない。


札幌の作家、東直己さんの原作による映画「探偵はBARにいる」には、そんなススキノの空気が実によく再現されている。
ススキノのお店で話し込んでみれば、みんな他のお店のことを本当によく知っていることがわかると思う。そんな雰囲気が、この映画にはある。



事件の解決について、問題があるというレビューがこの映画には多くついているが、馬鹿なことを言ってはいけない。
この映画は「ハードボイルド」なのだよ。

僕はハードボイルドが好きだ。
彼らが理不尽と戦う存在だからだ。

世界は事実、理不尽に満ちていて、現実にはいちいちそれらと戦っているわけにはいかない。生きていくのは結構面倒な事が多いからだ。
戦わずに済むなら多少の我慢はしても戦わずに済ませたい。でしょ?
だから、物語の中で我々の代わりに戦ってくれる彼らにせめて拍手を送りたいのだ。
みんなもそうだと思う。

ハードボイルドはこの「身びいき」を楽しむ文学なのである。
我々の代わりに思う存分傷めつけられた探偵が、神サマがくれた偶然という名の思いっきりの身びいきを得て、悪党を懲らしめて溜飲を下げる。
そういう物語なのだ。


また、アメリカのハードボイルドと較べて、云々という言説も聞かれるが、無理を言ってはいけない。

アメリカという、植民地政策と奴隷貿易が生み出した国家に否応なく内在してしまう「歪」をどうしようもなく引き受けて、タフな役回りを演じさせられている探偵と、逃げ場のないムラ社会の中で、うまく立ちまわる人たちとうまく生きていけない人たちの間に生じた闇が、時に凶暴な暴力に変わってしまうのを体を張って引き受ける日本のハードボイルドは、本来較べるべきでないほどの大きな差異があるのだ。

我々はそのニッポンの風土的ハードボイルドを楽しめばよいと思う。
少なくともその点においては、この映画はとてもよく撮れていると思うから。

2013年7月15日月曜日

その耽美を打ち砕く熱線銃の一撃「シャンブロウ」C.L.ムーア

はっきりと自覚的に読書を愉しいと思った最初の一冊は、小学校の図書室にあったE.E.スミス「レンズマン・シリーズ」の子供向け編集版だった。
その後NHKで放送されたアニメ版の「キャプテン・フューチャー」が僕のスペース・オペラ志向を決定づけた。

予備校に通うため出てきた札幌の古書店で、野田昌宏さんの書かれた「SF英雄列伝」を買って、ノースウェスト・スミスのことを知った。
いくらスペース・オペラが、ホース・オペラの舞台を宇宙に移したものとはいっても、多少「科学」の入る余地があるものだが、なぜか宇宙を地球人や火星人や金星人が自由に行き交うほどの科学の時代なはずなのに、自動ドアはどこにもなく、人々は決まって貧しいスラムに住んで、古びた酒場で厳しい労働にくだを巻いている。

まるで昔夢中になった松本零士さんの「キャプテン・ハーロック」の世界で、これはぜひ読んでみたいと思って、随分探してすでに絶版になっていた「大宇宙の魔女」という短篇集を手に入れた。

編集さんも同じ事を考えたのだろう。表紙絵が松本零士先生だった!
冒頭に収録された「シャンブロウ」の妖しくてセクシーな筆致にたちまち夢中になった。



「異次元の女王」「暗黒界の妖精」という姉妹編もある。
後に暗黒界は神保町で見つけて買ったが、異次元は入手できないまま、いつかノースウェスト・スミスのことは忘れてしまっていた。


今年2013年の始めに、野田昌宏氏翻訳のスペース・オペラ短篇集「太陽系無宿」と「お祖母ちゃんと宇宙海賊」が二冊合本で復刻された。



懐かしい野田節に舌(耳?)鼓を打ったわけだが、翻訳ミステリの新作を探していて平台に「シャンブロウ」の文字を見つけた。
「まさかあのシャンブロウか」と手に取ってみると、まさにあのシャンブロウで、しかも「大宇宙の魔女」「異次元の女王」「暗黒界の妖精」の三部作の合本復刊ではないか。
これは買うしかない、と即購入したというわけだ。



まとめて読んでみて、ノースウェスト・スミスが他のスペース・オペラ・ヒーローとは随分違っていることに気がついた。

スペース・オペラのヒーローというやつは、たいてい憎々しい異星の悪漢と戦うものだが、ノースウェスト・スミスはどのお話でも、古代から人々に恐れられる、おどろおどろしい異形の怪異と対決することになるのだ。

まるでそれらの異形の怪異たちは、人間の心に巣食う憎しみや強欲、嫉妬といったものの原初のカタチであるかのように描かれている。
スミスも、その馴染み深い、おそらく彼自身の心にも存在する弱さに抗しきれず、取り込まれそうになって、相棒のヤロールが駆けつけて我に返って熱線銃で一発、という展開でだいたい決着する。

その異形のものどもを描くムーアの耽美な筆致がノースウェスト・スミスの物語の真の中心点なのだ。
人々は表向き社会の中の一員として、それに接するときには忌み嫌い、憎み、そして恐れているように振舞う。
しかし心中ではどうしようもなく惹かれているのだ。

その感情の発露が「耽美」だ。
ムーアはぎりぎりのところで、スミスを踏みとどまらせ、死と同義の耽美から、楽しい事ばかりではない日常の日々に引きずり戻す。
熱線銃の一撃で。

熱線銃を持たない我々は、耽美の世界を覗きこまないほうがいいのだろう。
きっと。

2013年7月12日金曜日

「真夏の夜のジャズ」に封じ込められた幸福な記憶

「真夏の夜のジャズ Jazz On A Summer's Day」 1958年(日本公開1959年)
(監督)バート・スターン Bert Stern、アラム・アヴァキアン Aram Avakian
(制作)ハーヴェイ・カーン Harvey Kahn、バート・スターン
(撮影)バート・スターン、コートニー・ヘイフェラ、レイ・フェアラン
(音楽)ジョージ・アヴァキアン


1958年に、ロード・アイランド州ニューポートで行われた第5回のニューポート・ジャズ・フェスティバルを、気鋭の写真家バート・スターンが切り取った幸福の記録。

7月3日から6日までの4日間カメラを回し続け、トータル24時間分のフィルムを撮り、80分にまで刈り込まれたゆえに、その時代の記録は儚い輝きを放っている。

だからそこには、この後も図太く自らの音楽を追求していくマイルズ・デイヴィスの姿も、ブロウ一発でそこにロリンズしか見えなくなる、時代にまったく左右されないトーンを持つソニー・ロリンズの姿もないのだ。


翌1959年のキューバ革命で喉元にナイフを突き立てられることになるアメリカ。
人種差別の撤廃を求める公民権運動は盛り上がりつつあり、ワシントンでの大きなデモ行進が行われたのはこの1958年のことだ。
アメリカの国内は、いよいよ混乱の時代を迎えようとしていた。
そして、アメリカにとって屈辱的な敗北となるヴェトナム戦争もいよいよ始まろうとしていた。

だからこそ、まるで南仏を思わせるリゾート地ニューポートに集まった白人の聴衆のファッションが、非現実性をまとって僕らに強い憧憬の感情を掻き立てる。

セロニアス・モンクの名曲「ブルー・モンク」が流れている。
ギンガムチェックのワンピースの上に羽織った赤いサマー・カーディガンの前を深く合わせて、その上に腕を組んで睨みつけるようなしかめっ面でモンクのピアノを観ていた女性が、演奏が終わった瞬間、パッと花が開いたような笑顔を見せる。

なんという幸福の切り取り方なのか。
その幸福感はコンサートの会場だけでなく、街中の映像やヨット・レースのシーンなど、すべてに満ちあふれている。

アニタ・オデイのその後を考えれば、ここでの「スウィート・ジョージア・ブラウン」「二人でお茶を」のチャーミングな名唱は貴重だ。
チコ・ハミルトンの「ブルー・サンズ」で観ることの出来るエリック・ドルフィーの演奏シーンこそはこの映画の、というよりはこの年のジャズのハイライトシーンだったろう。


この映画は幸福な時代の「幸福な演奏者と聴衆」をとらえている。
ここで我々はひとときの「真夏の夜の夢」を見る。

たとえそれが永遠に続かないものと知っていても、それなしでは生きていけない。
それが夢だし、それがジャズだ。
そう思う。