2015年1月15日木曜日

ぼくの住まい論:内田樹

内田樹先生の「日本辺境論」からは、「中華思想」というアジア全域を舞台に、想像を絶する長い時間をかけて展開し続けた壮大な政権交代システムのことを学んだ。

日本辺境論 (新潮新書)
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「現代霊性論」という著作からは、信仰のあるなしにかかわらず、「死者を正しく弔うこと」への畏れの感情があることを学んだ。なぜなら人は死者のほんとうの気持ちがわからないからだ。

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これらの「論」には定性的なエヴィデンスがない。
しかし心が納得する。
それはきっと自分自身のこれまでの経験が、その論を支えている思考の展開を支持するからだろうと思う。


新潮文庫に新しく収録された「ぼくの住まい論」は、それらよりもずっと身近なテーマを題材にしているが、論調は変わらない。

ぼくの住まい論 (新潮文庫)
内田 樹
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冒頭から、誰のものでもなかったはずの土地に、勝手に線を引いて売り買いする権利はどこから発生したのか、という刺激的な疑問の提起からこの本ははじまる。
家を建てるための最初の一歩である「土地の入手」への疑義からこの本ははじまるのである。

続いて、一般的な家族の有り様や、家の構造が、家族の中で最も弱いものをかばうようになっていないことに強い疑義が提示される。
家が、傷つき疲れたものが体を癒やし英気を養うためのものでなく、強者が住まうことが前提になっているから、バリアフリー化をしたり、手すりをいっぱいつけたりしなくてはならない。
その家に住めなくなった者のための施設も必要になる。
国家予算の半分ちかくを社会保障に費やす必要があるのは、個々の家に福祉の“思想”がないからだと喝破しているのである。

また家を建てるための材木を探す中で、グローバリズムが日本の林業を壊滅寸前まで追いやっている現状に直面する。
“安いからこっちを買う”という精神の貧しさ。
近隣の産業を壊滅させれば、今まで自分の生活を消費者として支えてくれていた隣人を失うことに気付けない愚かしさを指摘する。

左官職人や瓦職人の生き方から、分業でないことの力強さを語る。
寺田寅彦の「文明が進むほど、自然の暴威に破壊されるものが大きくなる」という言葉を引用し、レヴィ・ストロースの言う、間に合わせで生きていく技術「ブリコラージュ」に言及する。
なぜ分業し高度化するのか。
それは経済的成長のためだ。
では、経済的成長とは、いや有り体に「儲かる」ってどういうことだ。
内田先生、ここに至ってカネをたくさん得ることへの疑義を呈する。

「交換」を効率的に行うために作られた“虚構”であるところの貨幣は、それ自体に価値はない。
交換して得られるべきものも、自分の身体のサイズを超えて得る意味は無い。
サイズを超えて求めれば、貨幣で貨幣を買うしかない。
この滑稽なゲームが我々が現在金融経済とよんでいるものの正体であると。

家作りの工程に併せて、内田先生の社会観がひとつの形になっていく見事な論説集と思う。
いや、意地悪な言い方をすれば、今まで出されてきた衒学的で寄せ集め感の強い論考集の多くが、家作りという人間存在を嫌でも「表現」してしまうテーマの元でうまく統合された、というべきか。

効率重視で勝つことが最優先の世界への疑義。
弱き者への視線が社会を根本から変えていくというビジョン。
現代にこそ提示されるべき「小国寡民」と「アジール」の思想。
それらのすべてが「住まいの思想」の中に統合され得ると証明してみせたことが本書の真の果実なのである


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