皆川博子さんの「薔薇密室」は数年に一度出会うかどうかの傑作だった。
退廃的で、耽美的な小説世界に溺れそうになりながら、そこが夢の中なのか、それとも誰かの妄想の中なのか判別がつかないまま、その不思議な世界をさすらう彼らの旅の行方が気になって気になって最後まで連れて来られてみれば、精緻に構築された論理の世界の上を自分自身が旅をさせられていたことに気付き、唖然とした。
なんと巧みな書き手なのかと思って調べてみると、このときすでに御年75歳。
そこが一番びっくりだよっ!
なんて若々しい想像力なのか。
と、思っていたら今度は2012年に「本格ミステリ大賞」を受賞されたという。
受賞作の「開かせていただき光栄です」が文庫化されたのでさっそく読ませていただいた。
あえて言うなら、この重厚な本格ミステリを彩るキャラクタが少々個性的すぎる嫌いがある。
そこが皆川ワールドなのである。
そうなのだが、結論への道筋に必要なキャラクタが後から造形された感が感じられると、事実リアルでない物語世界は、その仮初のリアリティを簡単に失ってしまうものだ。
「開かせていただく」というのが解剖のことを意味しているというのは、実に皆川さんテイストでなるほどなあ、と頷く。
また時代設定が実に巧みで、まだ医学がそれほど発展していない18世紀のロンドンが舞台になっている。
解剖学が先端科学であると同時に偏見にも晒された時代に、医学の明日のために法を犯してでも屍体を確保し、研究し続ける外科医ダニエルの解剖教室。
今日も違法に入手した妊娠六ヶ月の屍体を解剖しているところに警察が踏み込んでくる。
慌てて秘密の隠し場所に屍体を隠すが、なんとかごまかして、さて続きをと取り出してみると、そこにあるはずのない屍体が隠し場所の奥からさらに二体も出てきた。
四肢を切断された少年と顔を潰された男性の屍体。
なぜ屍体が増えていくのか。
戸惑うダニエルと弟子たちに、治安判事は捜査協力を要請する。
だがその事件の背景には、詩人を夢見て田舎から出てきた少年が携えてきた稀覯本をめぐる恐ろしい運命があったのだ。
あえて言うなら、この重厚な本格ミステリを彩るキャラクタが少々個性的すぎる嫌いがある。
そこが皆川ワールドなのである。
そうなのだが、結論への道筋に必要なキャラクタが後から造形された感が感じられると、事実リアルでない物語世界は、その仮初のリアリティを簡単に失ってしまうものだ。
それでもなお、どう考えても合理的な決着点が想像できない謎の提示からしてもう本当に見事だ。
盲目の判事が、証言を疑いながら吟味を重ね、確かな事実だけを抽出し、行きつ戻りつしながら隠れている真相に近づいていく。
本格ミステリ大賞にふさわしい堂々とした黄金期の古典本格っぷりが素晴らしい。
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