2014年8月20日水曜日

井上夢人「ラバー・ソウル」:騙された記憶を上書きしたくない

文庫化された井上夢人さんの「ラバー・ソウル」を書店で見かけて、手に取った。

井上夢人さんは、以前徳山諄一さんとのコンビで岡嶋二人を名乗っておられた。日本版エラリー・クイーンというところか。
ずっと以前にコンビ最終作の「クラインの壺」を読んで面白かった記憶があったが、なぜかコンビ解消後単独名義で出した作品には食指が動かなかった。

今回この本を手に取ったのは、その装丁に、筆者のものか編集さんのものかはわからないが、並々ならぬ情熱とこだわりとセンスを感じたからだった。

タイトルは、もちろんビートルズのアルバム・タイトルからつけられたもの。
で、目次からすでにアルバム風である。


 で目次をめくるとこうなる。





これが実はただの飾りではなくて、各章の扉の仕掛けに繋がっている。
これがその扉。

各章はアルバム「ラバー・ソウル」の収録曲のタイトルになっている。

それだけではなくて、この扉ページのトーンアーム、第4章ではこうなっている。





そう、少し進んでいるのである。
これがB面最後まで続いている。
愛情のこもっている本なんだな、と思って買った。

しかも読んでみてわかったが、この章立てを曲名にしているところに、ストーリーの「裏側」を示唆させているという、小説技巧的にも凝りに凝っている作品なのだ。
面白く無いはずがない。

実は単行本の発売時に書店で見かけて、その時は買わなかった。
何故かと言うと表紙絵にちょっと禍々しいものを感じたからだった。

ラバー・ソウル (講談社文庫)
井上 夢人
講談社 (2014-06-13)
売り上げランキング: 84,081

しかし読み終えた今、この表紙の印象までもが180度変わってしまった。

解説には二度読み間違いなしと書いてあるが、そういう性質の本ではない。
むしろ、騙された自分をそのままにしておきたいと思わせるほどの鮮やかな叙述トリックが際立っている、と僕は読んだ。
僕は、叙述トリックのミステリが何より嫌いな男である。
しかしこれはいい。
作品に「格調」というものがある。
人間を馬鹿にしていない。騙してやろう、という心が先に立っていない。
こんな叙述トリックの作品は初めてだ。